第27話 ニンジャ・ボンバー

 細穴を、フォンが走り抜ける。脇に抱えられながらも、サーシャは彼に怒鳴る。


「サーシャ、助け、いらない! お前、邪魔!」


「今更遅いよ、もう助けちゃったから! クロエ、援護お願い!」


 彼女ならばそう言うだろうと予想していたかのように、フォンは軽く聞き流すと、細穴の入り口で待機していたクロエに向かって叫んだ。


「がってん!」


 彼女は事前に打ち合わせていた通り、再び赤い筒が取り付けられた矢を放った。穴の壁に突き刺さったそれは、僅かな間を置いて、またも爆発を起こした。

 追いかけてきたゴブリン数匹が、爆弾によってばらばらになった。辛うじて無事だったゴブリン達だったが、細穴は衝撃に耐えきれず、がらがらと大きな音を立てて崩れた。これでは、どう頑張っても岩をどかして再開通は出来ないだろう。

 間一髪で細穴から抜け出したフォンに抱え込まれていたサーシャは、凄まじい爆発と地響きを目の当たりにして、自分では絶対にできない妙技に呆然としていた。


「フォン、あの爆発、魔法か!?」


「『火遁の術』、爆薬だ。僕は魔法を使えないけど、火薬を使ってそれに近い爆発は繰り出せる。でもそれだけじゃ足りないから、これを使うッ!」


「か、カヤク?」


「詳しくは話せないけど、不思議な粉だよ!」


 忍者が使う火薬。火を起こすのに必要な道具だが、一般的には流通していない。だから、サーシャが知らないのも当然だ。

 だが、これだけでは終わらない。


「クロエ、矢を射って!」


 フォンの指示で、クロエが普通の矢を二本、それぞれ巣穴に通じる、殺気よりも大きな穴に向かって放った。矢が穴の壁に刺さると、なんと砂の城のように、そちらの岩も崩れ落ちてしまったのだ。

 こんな芸当、魔法としか思えない。サーシャは体の痺れも忘れて、驚いた。


「巣穴への入り口が、潰れた……!?」


 ただ、何ということはない。超人的な技術であり、魔法でもない。


「地形の利を生かし、的確な位置にひびを入れることで洞穴を崩壊させる、『土遁の術』。土崩しっていう術だね。これなら直ぐには追ってこられない」


「まさか、こんなに上手くいくなんてね。サーシャ、怪我はない?」


 クロエがサーシャに近寄ると、彼女は体をじたばたと動かして、抵抗した。


「怪我、ない! サーシャ、何も……うっ……」


 しかし、抵抗にすらなっていない。昨日の腕力を考えると、どうやらサーシャも、ゴブリンの毒によって体の動きを御されていたのだ。


「やっぱり、痺れ毒を……それに体へのダメージも多い。ここから逃げ出す体力のことも考えると、ちょっと乱暴な手を使わせてもらうよ」


 フォンは小物入れを開き、真っ黒な団子を取り出し、サーシャの口に押し込んだ。


「これを食べて。かなり苦いけど、解毒と気付け、一時的な体力増強の効果がある」


「ぐ、うぶ、ん……!」


 凄まじい味で悶えるサーシャを見て、クロエの口に、苦みが蘇ってくる。


「うわ、苦そ……フォン、あたしが今朝食べた奴と、どっちが苦いの?」


「効能は味に比例する。クロエが食べたものの十倍は苦い」


「うげぇ……」


 フォンの言う通り、効果は絶大なようだ。体を動かせるようになったサーシャは、きっとフォンを睨み、せき込みながらも叫んだ。


「う、げほ、げほ……お前ら、なんでサーシャ助ける!? 掟か、使命か!?」


 今度は、フォンは迷わず答えた。


「どっちでもない。掟よりも人の命だ、それが僕の――君に聞かれた、在り方だ」


 きっと、クラーク達の姿を見て――或いは自分がどうするべきかを考えて、答えは決まっていたのだろう。掟よりも大事なものを、先に見つけたのだろう。

 フォンはようやく、自分にとって大事な何かを見つけられたともいえる。クロエとの出会い、サーシャの問い、クラーク達との決別、全てが答えに詰まっていた。

 サーシャは感銘も感動もしなかったが、ぷい、と顔を背けて言った。


「……フン。サーシャ、礼、言わない」


「こんな時まで強情なんだからさ。それよりもほら、さっさと逃げないと――」


 呆れた調子のクロエがはにかむのと同時に、洞窟内に轟音が鳴り響いた。


「――な、なに!?」


 どう考えても、爆薬の音ではない。一体何があったのかと、周囲を見回していると、最後に岩を砕いて封じたはずの穴が、再び開通していた。まるで、強力な魔物が、内側から乱暴にこじ開けたかのように。

 そして、その予感は当たっていた。

 穴から這い出てきたのは、巨大な茶色の蜥蜴。人間よりずっと大きく、鋭い牙と爪を持っている。きっと、あれで無理矢理出入り口を開通したのだろう。

 何より奇妙なのは、茶色の肌だと思われていた部位。それらは全て、岩のように硬質化した肌である。その魔物と、それを飼い慣らしているらしい、上に載っているゴブリンを苦々しく見つめるサーシャの様子で、フォンは察した。


「……成程、サーシャがゴブリンに後れを取った理由が、あれだね?」


「そう。サーシャ、あいつの攻撃でやられた。あいつ、硬くて強い」


 クロエは魔物の名称までも知っていた。


「ロックリザード。洞窟の長を、まさかゴブリンが飼い慣らしてるなんてね」


 自分達が思っているよりも冷静になっている彼らを狙うように、ロックリザードはこちらも見て唸った。


「グル、グルル……!」


 その後ろから、武器を構えたゴブリン達がぞろぞろと出てきた。数はさっきよりも少ないが、どれも武器を構えていて、おまけに殺気立っていて、相当危険である。


「しかも他のゴブリンまで出てきたよ! フォン、どうする!?」


 だとしても、やるべきことは決まっている。一つは逃げる。もう一つは、戦う。

 フォンは、自分が誰の相手をすべきかを既に見定めていた。


「僕が蜥蜴の相手をする。皆はゴブリンを倒してくれ……サーシャ、動ける?」


 苦無を構えるフォンの問いに、サーシャは地面に転がしていたメイスを勢いよく持ち上げて、答えた。クロエもまた、返事こそしなかったが、弓を構えた。


「サーシャ、最初から動ける。お前の助け、いらない」


 サーシャは戦える。ゴブリンは追ってくる。ならば、答えは一つ。


「ならよかった――いざ、参る」


 忍ばず、戦う。忍者の全てを、ここで見せるのだ。

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