第26話 ニンジャ・アンブッシュ


「…………う……」


 どれくらい、気を失っていただろうか。

 サーシャは目を覚ますと、自分のマントが剥ぎ取られ、両手足を縛られ、座らされているのに気付いた。体中が痛む上に、上手く動けない。

 きっと、ゴブリンが武器に仕込んでいた毒のせいだ。


「……ゴブリン!」


 そこまで思い出してようやく、サーシャは気づいた。

 自分はゴブリンと戦っていて、多少なり優勢ではあったが、想定外の強敵の登場で劣勢に追い込まれた。そして、足に槍の一撃を貰い、痺れ毒が回ってきた。それでも抵抗したが、棍棒の強烈な一撃を後頭部に貰い、意識が途絶えた。

 そんな蛮行をしてのけたのは、誰であろう、眼前のゴブリンの群れである。

 いや、最早組織と呼んでもいいだろう。槍や盾を装備し、毒を使い、確実に敵を仕留める。そうして得た武器でさらに強化され、一層勢力を強める。

 ゴブリン達何匹かが守っている、サーシャのメイスも、きっとその一部となるのだ。


「お前達、サーシャ、どうするつもりだ!」


 噂で聞くところによると、ゴブリンは集団で人間の雌を嬲る場合があるらしい。それはサーシャにとって、殺されるよりもずっと恥である。


「犯すなら殺せ! サーシャ、生き恥、晒さない!」


 その言葉が、ゴブリンに届いたのかは分からない。

 しかし、何十匹といるゴブリン達は、サーシャを慰み者にするつもりはなかったようだ。証拠として、それらは住処の奥から、とんでもないものを引っ提げてきた。

 巨大な棍棒。ゴブリン三匹がどうにか持ち上げて、やっと動くくらいの代物だ。

 こんなものをどう使うかなど、決まっている。思い切り振り下ろして、サーシャの頭を潰すのだ。そうなれば、彼女の頭は体にめり込み、即死する。或いは頭のない体をオブジェとして飾られるだろうか。

 逃げるという選択肢は毛頭なかったが、どちらにしても逃げられない。この洞窟は広いが、逃げ道は狭く、自分の前後はゴブリン達に塞がれている。

 これまでか。サーシャの脳裏に、自身の最期が過る。

 トレイル一族の一人として、魔物を倒し続け、その名を永劫残すつもりだったが、まさかこんなところで最期を迎えるとは。フォンとの決着もまだ、ついていないというのに。

 思い浮かぶのが、とぼけた表情とは。ゴブリンのにやけ顔の中に紛れた、あの顔とは。


「……?」


 紛れていた。サーシャの見間違いでなければ、間違いなく、僅か一瞬だが、自分の処刑を楽しむゴブリン達の群れの中に、フォンの顔が見えたような。

 もう一度瞬きすると、その姿はなかった。彼女が何とかして、もう一度フォンの姿を探そうとするよりも先に、ゴブリン達が巨大な棍棒を振り上げた。じっと待ってくれるはずも、辞世の句を詠む時間を与えてくれるはずもない。これで終わりだ。


「……ッ!」


 サーシャは息を呑み、目を閉じた。

 そしてただ、死を待った。待った。

 ほんの一瞬でやって来るはずだった確実な死を、待った。


「……?」


 来なかった。サーシャの頭は、まだそこにあったし、潰れてもいない。

 サーシャは目を開き、驚くべき光景を目の当たりにした。


「――フォン!」


 フォンだ。ここにいるはずのない忍者が手にした小刀が、棍棒を持ち上げたゴブリン三匹の頭を、纏めて刎ね飛ばしたのだ。

 いくらゴブリン達が興奮していたとしても、人間一人が紛れていれば気付くはず。全く気付かれず、暗殺に至ったのは、フォン忍者としての気配遮断が優れているからだ。

 ごろりと、ゴブリンの首が地に落ちる。重い棍棒がゴブリンの体を潰すのと同時に、呆気に取られていた仲間達が、一斉に騒ぎ出した。槍を持ち、盾を構え、処刑役を暗殺したフォンに向かって襲いかかろうとする。

 サーシャが危ない、というよりも先に、フォンが叫んだ。


「クロエ、今だ!」


 彼の掛け声と共に、細穴から顔を出したクロエ――矢を番えていたクロエが身を乗り出し、住処の奥に向かって矢を放った。

 矢はゴブリンに刺さったが、今更一匹が死んだだけで、向こうは止まらない。サーシャはそう直感しており、ゴブリン達も同様だったが、そうはいかなかった。


「――ドカン!」


 クロエの笑顔と共に、矢の先端に括りつけられていた赤い筒が、爆裂した。

 火属性の魔法か、それよりももっと強大な爆発。凄まじい勢いで、耳鳴りすら起こした強烈な爆発は、十何匹かのゴブリンの体を爆ぜ散らかした。

 同時に、サーシャの体が、ふわりと持ち上がった。


「逃げるよ、サーシャ!」


 いつの間にかメイスを担いで、彼女を助けに来た、フォンによって。

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