第22話 ヒーロー・ポイズン

 フォン達が街を出発する少し前、街からそう遠くない、薄暗い洞窟。

 そこでは、クラーク率いる勇者パーティが、開けたところで小粒の魔物を殺して回っていた。目当てのゴブリンを殺す前の、肩慣らしといったところだ。


「よーし、ここら一帯の魔物はあらかた殺したな!」


 剣を振るうクラークを含め、誰もが完治とはいかなかったが、この辺りの魔物程度では敵にならない。マリィの魔法で簡単に焼かれ、ジャスミンに切り刻まれ、サラに殴り飛ばされる程度の、貧弱な魔物しかいない。


「リハビリみたいなもんだとは思ってたけどさ、まさかこんなに手ごたえがないなんて。これならもっと強い奴でも良かったかもなあ!」


「ポーションだって、あんなに持ってこなくて良かったかもじゃん!」


「どう、パトリス? 防御役には慣れた?」


 二人は余裕綽々の態度だが、パトリスだけはまだ、大きな盾を振るう姿に不慣れさが見え隠れする。とはいえ、仕事は出来ているようで、マリィの問いに笑顔で返した。


「は、はい! 敵の攻撃を防ぐのには、大分慣れました!」


「パトリスの盾は高級な鋼で出来てるし、技術を手に入れればあっという間に強くなってくれるな。これなら、俺達パーティの盾役としてもっと……」


 クラークの理想通りに、パーティは完成しつつある。

 やはり荷物持ちなど不要だったのだ、自分達の失敗は、誰にでもある偶然なのだと、クラークの頭の中で記憶がすり替えられた時、彼の視界の端に、妙な生き物が映った。

 小さな体。醜悪な顔と長い鼻。飛び出た腹に、禿げた頭。


「……いたぜ、ゴブリンだ!」


 間違いなくゴブリンと呼べる魔物は、こちらに気付くや否や、声を上げて逃げ出した。

 こんな相手が強いとは、とうてい思えない。サラもジャスミンも、同じ考えだった。


「よっしゃー! 私が一番乗りだーっ!」


「あ、おい待てよ! あたしもぶっ飛ばしてやるぜ!」


「皆、落ち着いて! パトリスを先頭にして、念には念を入れていこうよ」


「ああ、マリィの言う通りだ。あいつは細道に逃げ込んでいったから、パトリスを先頭にして、確実に仕留めて行こう」


 クラークが頷き、サラ達は命令に従った。ゴブリンが逃げ込んだのは、洞窟の中の細い穴。周りには他にも大きな穴があったが、ゴブリンが逃げたのはそこだ。

 パトリスを先頭に、穴に入っていく。ジャスミン、サラ、マリィ、最後にクラークの順番で、一層薄暗い穴をどんどん進んでいく。外界の光のおかげで、全く視界が遮られることはなかったが、それでも不気味な穴だ。


「随分と細い穴だな、奥に何があるんだ?」


「何でもいいじゃん、横から攻撃されないんだし! よーし、さっさとゴブリンをやっつけて、自慢してやるぞー!」


「そうだな、前の奴らは知らねえが、俺達ならゴブリンくらい――」


 クラークが頷き、細穴の奥でゴブリンを倒すのだと意気込んだ時だった。


「――え?」


 彼の左肩を、鋭い刃物が掠めていた。

 衣服を破き、血が漏れ出す。刃は剣ではなく、槍のものだ。細穴の入り口から顔を覗かせた、別のゴブリンが突き出していた、槍の。


「う、ぐああぁッ!?」


 勇者の叫び声で、パーティ全員が異常事態に気付いた。誰もが背後から迫るゴブリンを見た。最低でも四匹はいるゴブリン、そのいずれもが木製の盾を持っているのにも。


「クラーク!? そんな、ゴブリンが後ろから!?」


「しかもあいつら、盾なんかもってやがる! 倒してきた人間から奪ったってのか!」


 サラの叫び声に応じるように、今度は正面からも、ゴブリンが這い出てきた。同じように武装して、槍を掲げて、パーティよりもずっと多い数で。


「ま、マリィさん! 前からも、前からもあんなに、ゴブリンが来ました!」


 細い穴の前後から、挟み込むような形で現れたゴブリン。紛れもなく、これは罠だ。


「……まさか、罠? クラーク、私達はどうすれば……」


「とにかく退け! 前の方が敵が多いし、開けたところに戻るぞ!」


 乱暴に剣を振り回すクラークの刃から逃れるべく、ゴブリンは入り口から退いた。その隙をついた一行がどうにか開けたところに出ると、細穴以外にも、他の穴からもゴブリンが現れた。間違いなく、これは群れと呼んでいいだろう。

 だとしても、たかだかゴブリン。盾で防御し、魔法を放てば、難しい敵ではない。


「落ち着いて、固まれば問題ねえ! 俺とマリィが魔法で、こんな奴ら……う?」


「クラーク? どうしたの、急に?」


 がくりと、クラークが膝をついた。剣を握る手が弱弱しく、心許なくなってゆく。よく見ると、ゴブリンの持っている槍の先端が、淡い黄色の液体で濡れている。


「……体に、力が入らねえ……痺れてやがる、こいつら、ゴブリンの野郎……!」


 にやりと、ゴブリンが笑った気がした。

 毒にも気づかない間抜けが餌としてやってきたのだと。


「痺れ毒を、武器に塗ってやがるのか!? お前ら、気を付けろ!」


「ま、まさかこいつら、全員武器に毒を!? 武装までして……!?」


 一行の中で、最早滝のような汗を流していない者はいない。


「やばい、やばいよ、これ……!」


 武装した、毒を操るゴブリン。一行はたちまち、窮地に追い込まれた。

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