第23話 ウォーリアー・ピンチ

 気づけば、一行は囲まれていた。

 マリィが手から火の玉を放ち、ゴブリンを威嚇するが、それだけでは囲いに穴を開けられない。仲間も痺れ毒を受けないように、距離を取って戦わざるを得なくなっている。

 そんな状況であれば、対応は決まっている。


「皆、クラークを守って! 洞窟から出られるように、移動しながら!」


 撤退だ。全員が直感していたが、もうそれしかない。

 痺れて半身も動かないクラークだけが、彼女の言葉に反対した。


「逃げるってのか、ゴブリンから!? こんな時の為に、ポーションを持ってきたんだろ! 解毒薬の一つや二つ……」


 クラークが、動く首でぐるりと見まわした。誰も、目を合わせようとしなかった。


「……まさか、誰も?」


 彼は信じられないと言いたげな顔をしていたが、これに関しては運が悪かった。解毒の薬を持ち合わせているフォンがいれば、どうにでもなったのだが、まさかゴブリンが毒を使うなどとは、誰も想像できなかったのだ。


「だって、誰もゴブリンが毒を使うなんて思ってなかっただろ! ポーションだけあればどうにかなるって、痛でええ!」


 言い訳をするサラは、遂に槍の一撃を貰った。痺れるまで、そう時間はかからない。


「サラ! パトリス、敵の攻撃を防いで!」


「やってます! で、でも、余りにも数が多くて、このままじゃ……!」


 パトリスは盾で上手く仲間への攻撃を防御している方だ。だが、それもいつまで続くやら。ゴブリン達の囲いはどんどん小さくなっていくばかりだ。

 こんな時、唯一脱出できる可能性があるのは、ジャスミンだけ。小柄な彼女は、ぴょん、とゴブリンの頭上を飛び越えて外に出られた。

 これで、反撃の機会が作られる。そう思った四人だったが、予想は裏切られた。


「……ご、ごめんね、皆! これはちょっと、流石にまずいから、ごめんねーっ!」


 何とジャスミンは、敗色濃厚――死すら予想できる状況を前にして、逃走を選んだ。舌を出して軽く謝り、彼女は一切振り返らないまま、洞窟の出口へと走り去っていった。


「ジャスミン! テメェ、どこ行きやがるんだあぁ!」


 叫ぶクラークだが、もうそれくらいしか出来ない。抵抗の手段が、ほぼない。


「えい、この、駄目、こんなの相手にしきれない……きゃああ!」


 パトリスは盾を槍で弾き落とされる。


「ひ、ひいっ! クラーク、助けて! クラーク!」


 マリィは魔法を発動する隙を突かれ、ゴブリンに組み敷かれる。


「ちきしょう、こっちに来るなぁ! この、このっ、ゴブリンの癖にいぃ!」


「う、ううぐう……」


 クラークが剣を無為に振り回すだけで、サラはもうほとんど動かない。このパーティが行き着く先は、間違いなく死だ。無為と失望だけが残る死。

 誰もが後悔しながら、絶望しながら、同時に目を閉じた。


「――お前達、サーシャの邪魔ッ!」


 真っ先に声を聞き、変化を感じたのは、マリィだった。

 彼女に組み敷いていたゴブリンが、鉄の槌によって顔を潰され、放り投げられたのだ。他のゴブリンも同様に、振り回されたメイスの餌食となっていく。

 そんなことをやってのけるのは、彼女達の記憶では、一人しかいない。


「貴女は、あの時の!」


 サーシャだ。マントを翻し、メイスを構えたサーシャが、洞窟にやって来たのだ。

 乱入した彼女のおかげで、ゴブリンの囲いが一部壊れた。そこを通り抜ければ脱出できるだろうと踏んで、彼女はゴブリンのいない方角を指差し、言った。


「サーシャ、こいつら、倒す。お前、仲間連れて、洞窟、出て行け」


「あ、ありがとう、ありがとうござ……」


「早く行け!」


「は、はい! パトリス、サラを連れてきて! 私はクラークを引っ張っていく!」


 サーシャに急かされ、パトリスは近くのサラを担いだ。マリィは、クラークを担げるほどの力がなかったので、どうにか彼を、それでも必死に引きずった。


「よ、よせよ! 引きずるなよ、折角の服が……」


「そんなこと言ってる場合じゃないから!」


 文句を言いつつも、ゴブリン達のいないところを通り抜けて、一行は逃げきれた。ゴブリン達もまた、勇者パーティより、サーシャを相手にするつもりのようだった。


(数、多い。でも、サーシャ、数の相手、慣れてる!)


 何十匹もいるゴブリンだが、上手くやれば十分に相手は出来る。サーシャは全ての魔物を潰してやるつもりだったが、彼女が武器を振ろうとした途端、ゴブリン達は彼女から距離を取った。


「……退いていく?」


 その理由は、直ぐに分かった。ゴブリンは、強い相手と戦うつもりはない。

 一番大きな穴から、ぬっと這い出てきたそれを見て、サーシャの額を汗が流れた。


「こいつ、強い」


 自分を倒す為の恐るべき脅威を前に、サーシャは初めて、自身の危機を感じた。

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