第21話 ニンジャ・デンジャー

「うぅ、頭が痛い……」


「あんな時間まで飲んでるからだよ、ほら、これ」


 朝まで飲んだその日、普通に歩くフォンと、顔を奇怪な色にしてふらふらと歩くクロエの姿があった。どう見ても、クロエは二日酔いで完全に参っている。

 忍者から手渡されたどす黒い団子をクロエが口に含むと、顔色がたちまち悪くなった。


「フォンだって一緒に呑んでたのに……うぇ、苦がぁ……」


「解毒の兵糧丸だから、苦いのは仕方ないよ。それに前にも言ったけど、僕は酔わない体にされてるから。僕に合わせると中毒で死んじゃうよ」


「ヒョウロウガンって、何種類あるのさ……あ、あれって」


 苦味で彼女が顔を顰めていると、向こうから見慣れた顔の女性が歩いてきた。

 サーシャだ。相変わらず巨大なメイスを背負って、冷たい目で、二人を睨んでいる。


「お前達、何してる?」


「サーシャこそ、何をしてるの?」


「依頼で、魔物の討伐。近くの洞窟に、ゴブリンの群れがいる。サーシャ、そいつらを潰しに行く。今日も他の奴、行ったけど、帰ってこない。人を襲う、喰う、当たり前のゴブリン。行った奴、きっと碌な準備してない」


「帰ってこないって……ゴブリンが、そんなに危険なのかな?」


「ゴブリンなのに、討伐されてない、危険の証。サーシャ、狩る。一族の名、上がる」


 サーシャほどの実力者が危険だと言うほどの相手。そんなに危ない相手を前にして、先に出発したパーティはともかく、彼女一人を挑ませるのは不安だとフォンは思った。


「……そんなに危険な相手なら、僕達も手伝えることが……」


 だが、彼の優しさは、サーシャからすれば余計である。まるで侮辱されたかのように、サーシャはメイスを背から降ろすと、明確な怒りを以って、フォンに突き付けた。


「余計なことする、サーシャ、怒る。サーシャ、他人と組まない。一人が一番強い」


 フォンとサーシャの考えは、真逆だった。誰かと共にいることを望む者と、誰かの存在を拒む者。凡そ交じり合えないのは、フォンにも分かっていた。


「……そっか」


 フォンが諦めたのを見て、サーシャもメイスを担いだ。


「帰ってきたら、お前、サーシャと戦う。覚えておけ」


 そして、フォンに対する感情がまだ怒りに支配されているのをわざわざ告げて、立ち去っていった。きっと、あの足でそのまま、洞窟へと向かうのだろう。

 やはりどうにも、簡単には分かり合えない。やや落ち込んだ様子のフォンを、今にも兵糧丸を吐き出しそうな顔で、それでもクロエが慰めた。


「ほっといていいんじゃない、フォン? どっか、他のパーティも討伐に行ってるみたいだし、あれだけ強かったら簡単にやっつけちゃうでしょ……あー、頭痛い」


 彼女なりの慰めを受けて、フォンも少しだけ、元気を取り戻したようだった。


「そうだよね、きっと。じゃ、僕達も僕達で、依頼を受けに行こうか」


「うん、そだね……おまけにヒョウロウガンで、口の中が臭い……」


 二人は、もそもそと歩き出した。

 途中で何度か、クロエが吐きそうになったのを、フォンが介抱した。彼が忍者の知識を総動員した薬のおかげで大分ましになったとはいえ、本来なら一日かけて治すほどの重傷を完治させるのには至らなかった。

 そんなわけで、案内所に着いた時には昼を回っていた。

 フォンはいつも通り扉を開き、カウンターの方にやってきた。


「すいません、今日も依頼を――」


「あーっ! フォンさん、クロエさん、大変なんですよ!」


 そして、いきなり叫んだ受付嬢の声に驚かされた。


「急に叫ばないで、頭に響いちゃうからぁ」


 特に、頭がまだ痛むクロエはそう呻いたが、受付嬢は気にも留めず、話を続ける。


「それどころじゃないんですよ、クラークさん達が帰ってこないんです! 早朝から近くの洞窟に行ったんですけど、昼を過ぎて、まだ帰ってこなくて!」


「そんなの、ちょっと時間がかかってるだけでしょ。どうせもうじき戻るって」


「だとしても、何だか不安で……例の洞窟のゴブリン討伐依頼だし……」


 例の洞窟。フォンの脳裏を、サーシャの話が過った。


「……っ!」


 帰ってこない勇者達。何度も冒険者を退けたゴブリン。まさかと思うが、フォンの中ではほぼ間違いない事項となっていた。だから、彼は真剣に、クロエに聞いた。


「クロエ、今から準備して、酔いを醒まして、どれくらいで街の外に出発できる?」


「酔いを醒ますのは時間がかかるけど、それがどしたの?」


「嫌な予感がするんだ。サーシャの言ってたゴブリンの討伐依頼と、クラーク達が受けた依頼……同じだとすれば、まだ討伐できていない、危険なゴブリンだ」


「それがー……?」


 ゴブリンがどんな武器を使うか。直線的な攻撃では危ないと、誰が知っているか。


「――行こう、クロエ。僕の勘が正しければ、皆に危機が迫ってる」


 最悪の事態を防ぐべく、最も人の命を尊ぶ男は、クロエの目を見て言った。

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