第20話 ウォーリアー・ビンゴブック

 一方、すっかり満腹になったサーシャは、自分の宿泊している宿に帰る途中、マントの下から小さなノートを取り出し、目を通した。

 このノートは、彼女のビンゴブック――賞金首手帳だ。多くの魔物の名が連ねられ、その殆どの名前が、赤い線で潰されている。きっと、依頼を受けて、倒した魔物なのだろう。残っているのは、ただ一つだけ。


「この辺りの魔物、大体始末した。サーシャ、満足」


 自分の力を誇示できたことに喜ぶサーシャだが、彼女の使命は、まだ終わっていない。


「あとは、この依頼だけ。ゴブリン……西部の洞窟、群れ、作ってる」


 彼女が目を付けたのは、ビンゴブックの最後の行に記された、ゴブリンの名前。ずる賢い亜人の魔物で、小さいがすばしっこく、群れを相手にすれば危ない。

 ただ、サーシャが今回、相手にしようとしているゴブリンは、少し事情が違った。


「人的被害、甚大。行商人、被害。発生から日数が経ってる、でも討伐されてない。こいつら、普通じゃない」


 聞けば、このゴブリンはどこかがおかしいのだ。人が襲われる被害が出た場合、大抵の魔物はその日のうちにでも駆逐される。特にゴブリン程度なら、何人かの冒険者を連れだして、虐殺に近い形で処理してしまう。

 しかし、このゴブリンはおかしい。被害が起きてから相当な日数が経っているのに、まだ討伐されていない。案内所で聞いたところによると、帰ってこない者もいるらしい。

 ならば、サーシャの出番だ。人的被害や街が困っていることなどどうでもいいが、魔物を殲滅し、トレイル一族の名を強く残すのにはうってつけの相手だ。


「明日、狩る。そしたら、今度こそ、フォンと決着つける」


 そうしたら、心おきなくフォンとまた戦える。

 ここにいるのも、意外と退屈しないものだと、サーシャは思った。


 ◇◇◇◇◇◇


 サーシャがゴブリンに狙いを定める、少し前。


「……そのゴブリンの群れを、まだ誰も討伐してねえのか?」


「そうなんですよ、依頼を受ける人もすっかり減っちゃって……」


 診療所から返ってきたクラーク達勇者パーティが、総合案内所で受付嬢と話していた。

 いずれも怪我はかなり回復したようで、サラとジャスミンはガーゼを所々に貼ってはいるものの、調子は良さそうだ。パトリスも元気を取り戻したらしい。

 明日も問題なく依頼を受けられそうだと判断した一行は、何かしらの依頼を受けに来た。そこで、依頼が発生してから何日も経っているのに、未だに討伐されていないゴブリンの群れの存在を知ったのだ。

 ツインヘッドブルの失敗を、なるべく早く取り戻したいと考えていたクラークにとっては、ちょうど良い依頼でもあった。


「そうか、だったら俺達が引き受けようか?」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 夕方の苛立ちはどこへいったのか、すっかり落ち着いて、勇者らしい調子のクラークがそう言うと、受付嬢は喜んだ。


「お前達も、構わないよな?」


「いいね、復帰の肩慣らしにはうってつけだよ、ゴブリンなんてのは」


「ストレスも溜まってたし、切り刻んでやろっと!」


「うん、私もそれが良いと思う」


 各々が答えていく中、パトリスだけは、どうにもまだ渋っているようだ。


「わ、私は……また、迷惑をかけてしまうのではないかと……」


 どうやら、ツインヘッドブルとの戦いをまだ引きずっているようだ。クラークはそんな彼女に歩み寄り、頭を撫でて、言った。


「大丈夫だよ、いきなり難しい依頼を受けた俺にも責任はある。今回のゴブリン討伐から慣れていけばいいさ、な?」


「あ、ありがとうございます……!」


 とはいえ、実際のところ、あの魔物には勉強させられた。

 回復薬――ポーションが足りなかった可能性はある。冷静になって指示を下せなかったかも。準備を怠らず、今度こそ勇者パーティの強さを示す機会をふいにしないようにしなければならない。

 何より、フォンがいないから依頼をこなせなかった、などと言われないように。あんなよく分からない職業よりも、勇者こそが勝っていると証明できるように。


「よし、それじゃあ早朝に準備して、出発するとしよう!」


 勇者の掛け声で、仲間達は力強く頷いた。

 彼の考えは正しい。しっかりと準備をすれば、失敗はない。

 ただし、それは何を準備すればいいかを知っていれば、だ。てきとうに回復用の薬を幾つか持っていくだけを、準備とは決して呼ばない。

 根本的な問題を見落とした彼らは、意気揚々と案内所を出た。

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