第11話 ニンジャ・サーチ


「……ん……」


 クロエは、目を覚ました。

 自分が寝ていたのだと気づき、思い切り起き上がった。普段ならちゃんと獣除けの罠を張ってから寝るのに、どうしてこんな間抜けなことをしたのか。

 運が良かったと安堵する彼女だが、幸運が理由ではないと知った。


「おはよう、クロエ。朝ごはんのスープ、もうすぐできるから」


 フォンだ。

 先に起きていた彼が、火を焚いて、吊り下げた小さな鍋の中身をかき混ぜていた。よく見ると、自分が寝転がっていたところには、柔らかい草が敷き詰められている。

 辺りを見回しても、罠らしいものはない。つまり、罠代わりの見張りがいたわけだ。


「……見張ってくれてたの?」


 クロエに問われ、フォンは頷いた。


「火を絶やさなかったから獣は近づかなかったけど、一応ね」


「一晩中?」


「寝てても気配は感じ取れるけど、念の為にね。はい、どうぞ」


 夜が明けるまでずっと、フォンは眠りこけてしまった自分を守るべく、見張りを続けていてくれたのか。フォンが鍋から掬い、カップに入れてクロエに手渡したのは、どこかで仕留めたらしい鳥のスープだ。

 一口啜って、クロエは思った。自分は、たった一日で、フォンに甘えてしまっている。

 もしかすると、フォンに対等な相手が必要だったように、自分にもそんな相手が必要だったのかもしれない。もう一口啜って、クロエは言った。


「……ごめんね、一晩中見張りなんかさせて」


「気にしなくていいよ、忍者の修行じゃあ、五日間眠らなくても動けるように訓練させられるんだ。あと、一週間飲まず食わずでも生きていけるようにね」


「あはは、何それ、ほんとに?」


「冗談に聞こえるだろ? 本当なんだ、途中で一秒でも寝たらやり直しさ」


「あたし、忍者には絶対になれそうにないな」


 他愛もない話をしながら、朝食の時間は過ぎていった。

 それからは、準備を整えて、タスクウルフの捜索が続いた。

 フォンが忍者の掟に反するのを承知で、自分のアイテムについて話しながら。


「これは昨日使った苦無、こっちは小刀、ナイフみたいなものかな。後は手首の下に鉤爪、足首に巻いた包帯の裏とかにも……これ、あんまり言っちゃいけないんだけどね」


「フォンが最後の忍者なんでしょ? じゃあ、誰も咎めないよ」


 昼食の材料になる獣を、矢と手裏剣で仕留めながら。


「へへーん、どうよ? あたしの矢、いつも通りの百発百中……何それ?」


「これ? 手裏剣って言って、ただの投擲武器だよ。作るのが難しいから、数はあんまり使えないんだけど、良かったら一つ、いる?」


「いるっ!」


 いつの間にか、二人の関係は完全に変わっていた。フォンは荷物持ちではなく何でもできる探索者に、クロエは彼を都合よく使う冒険者から彼の理解者に、二人が気づかずとも変わっていった。

 そんなこんなで、二人が山林の奥まで来た時、フォンが足を止めた。


「クロエ、あったよ。狼の足跡、まだ新しいのが」


 彼の言う通り、そこには四本足の足跡があった。クロエも生物の後を追う仕事をしている以上、フォンの言葉が正しく、また彼が言わんとしている事柄も先読みできた。


「足跡は、ここから真っ直ぐ……静かに、音を立てず行かないとね」


 フォンが頷いた。ここからは文字通り、抜き足、差し足だ。

 狼に限らず、この手の生物は警戒心が強い。ゆっくりと近寄らなければ捕まえられないし、最悪の場合は不意打ちもあり得る。

 足跡は近くの草むらに続いていた。何かが通った後のように、一部だけが大きく分かれている。これは恐らく、タスクウルフの通り道だろう。ならば、自分達と同様に、相手にとっても射程圏内である。


「あの草むらの奥だね。フォン、いつでも攻撃できるようにしとくよ」


「うん、僕もそうする」


 弓を構え、中腰で前進するクロエ。フォンもまた、苦無を手にして、草むらに近づく。

 そうして二人が、こっそり草むらを掻き分けると、そこには予想通りの光景があった。


「……やっぱり、タスクウルフの巣だ……!」


 クロエの言う通り、そこは十匹以上の、黒い毛の狼がいた。まだ幼い子供もいれば、フォン達と同じくらいの体躯の大人までいる。いずれも、口元に一対の巨大な牙を携えている。この牙が、タスクウルフの名の由来だ。

 そんな狼達は、フォンとクロエの存在に気付いたようだ。唸り声をあげ、一部の母親らしき狼が子の盾になり、何匹もの雄が牙を剥き出しにして、こちらを睨んでいる。


「やばい、こんなにも早く感知されるなんて! フォン、撃つよ!」


 クロエが弓を番えたが、フォンの対応は違った。


「……家族を守る為、だ。不要な戦いは避けるようにするか」


 なんと、武器を腰に仕舞い、ゆっくりと巣に向かって歩き出したのだ。

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