第5話 ニンジャ・アビリティ


「ここがタスクウルフの生息地ね」


「うん、結構危ない魔物もいるらしいから、気を付けないと」


 依頼を受けたその日のうちに、フォンとクロエはある山林地帯に来ていた。

 ギルディアの街からはそう遠くないが、魔物が豊富にいる為、人はあまり近寄らない。冒険者でも遭難及び死亡率が高い山林に、二人は来ていた。

 クロエはちっとも荷物を背負っておらず、フォンは自分の身長ほどもある大きな黒いリュックを背負わされている。それでも彼は顔色一つ変えず、文句も言わない。


(これだけ荷物を持たせても、疲れてないなんて。結構いい拾い物をしたかも!)


 思わず顔に出た笑みを隠しながら、二人は林の中へと足を踏み入れた。鬱蒼と木々が茂ったこの地域でまずやるべきことは、狼の足跡や、獣の毛、糞を見つけること。それを追って、狼の位置を把握するのだ。

 暫くまっすぐ歩いて、クロエは立ち止まり、フォンに言った。


「そんじゃ、辺りを調べて、狼の手がかりを見つけて……」


「ああ、手がかりならもう見つかってるよ、クロエ」


「お、やるじゃん! だったらさっさと――」


 見つける、ではなく見つけた。


「――えっ?」


 思わず、クロエは聞き返した。

 フォンを見ると、彼はじっと、少し前の地面を見ていた。雑草や小石、やや湿った地面があるだけのように見えるが、まるでフォンにだけ、違う何かが見えているようだ。


「この臭い、草食動物の腸だ。この辺りまで来て狩りをして、その場で捕らえたんだ。時間は多分半日前、血は乾いてるけど、臭いは残ってる」


 淡々と言い放つフォンだが、クロエには信じられない。


「それ、本気? あたしだってソロで活動してる弓使いでさ、五感には相当自信があるんだけど、そんなのちっとも感じないよ?」


「間違いない。でも、進む方向はこっちで合ってる。風が通ってくる感覚から推測して、この方角は木が少ない。タスクウルフは小回りが利かないから、獲物をまっすぐ追いかけるんだ。だから、木が少ない方向が、魔物の通り道だよ」


「木が少ない? 風を感じる? 何言ってんのさ?」


「ちょっと待って。今、確かめてくる」


「何を……」


 クロエがフォンにそう聞こうとするより先に、フォンは近くの一番太い木の幹を走った。手足を使ってしがみ付いて登るのではなく、二本の足で、幹に対して垂直な姿勢のまま走ったのだ。

 流石のクロエも、唖然とした。自分も体力には自信があり、木を登るのは造作もない。だが、木を走って登り切るのは、とてもできそうにない。

 ぽかんとするクロエを置いて、フォンは荷物を背負ったまま、木の天辺に辿り着いた。その先端にしゃがみ込み、彼は周囲を見回す。予想通り、これから進む方角は山に面しており、木々が少ない。勘が当たったフォンは木の天辺から、クロエの前に飛び降りた。


「うん、予想通りだ! ここからまっすぐ進もう!」


「え、あ、そ、そうだね」


「後で地図も作っておくよ、大体の地理は把握したし!」


「い、今ので!?」


 フォンが木に登ったのは、僅かな時間だ。それだけで、山林地帯を把握したのか。


「あれでも遅い方だよ、あの半分の時間で地理を読まないと、師匠に怒られたから」


「……前のパーティと、ここに来たことはある?」


「何度か。でも、全体を見たことはなかったな、そういえば」


 クロエの中に、ある予感が過る。

 このフォンは――相当な量の荷物を背負わせているはずなのに、呼吸を一つも乱さず、常に周囲の気配を捉えている様子のフォンは、ただの荷物持ちではないのではないか。

 彼女の勘が正しければ、単純な身体能力は、自分よりもフォンの方が上だ。

 彼の謎にクロエが興味を抱く中、ふと、フォンが止まった。


「どうしたの、フォン?」


 クロエが聞くと、フォンは腰のベルトに提げた小物入れを手にして、答えた。


「大分歩いたから、目印を置こうと思って。もしかして、要らなかったかな?」


「う、ううん? あると嬉しい、かな?」


「分かった! じゃあ、ちょっとこれを、ここに……」


 近くの木陰にしゃがみ込んだフォンが、小物入れを軽く振ると、蓋が開き、赤、黄、青、緑、紫の粒が幾つも出てきた。彼はそれを、色ごとに分けて、木の下に並べた。


「それ、何?」


 フォンは振り返り、豆より小さな粒を見せながら言った。


「『五色米』っていう、忍者の暗号用の道具だよ。穀物の種に色を塗って、置き方によって暗号文を伝えるんだ。尤も、忍者はもう僕しかいないから、今は使い道が違うけど」


 五色の穀物を並べたフォンは、小物入れを片付ける。


「穀物にはツブシサザンカって植物で色付けがしてあるんだ。来た道の目印になるし、仮に風で飛んでも、匂いが何日も残るから僕は追える。なんてことない、ただの道標だよ」


 さも当然のように言ったフォンを見るクロエの目は、もう彼を、都合のいい荷物持ちとは認識していなかった。今や彼は、謎が多すぎる、異質の存在だ。

 その表情から、フォンは別の意思を感じ取ったのか、慌てて手を振った。


「あ、ごめん、でしゃばっちゃって! こんなに活躍できると思ってなくて、つい……」


「大丈夫、怒ってないよ。それより、そんなに色んなことができるのに、どうして勇者パーティでは活躍できなかったの?」


「皆、力業でどうにかしちゃったし、実際それで上手く行ってたしね。僕が弱点を見極めて伝える時もあったけど、大体誰も聞いてなかったと思うな……僕がやっていたのは、地図の作成や迷わないような地形の把握、魔物の巣や危険なところに移動しないように、誘導するだけ。クラークの言う通り、誰にでもできることだよ」


 完全な裏方。しかし、聞いている分には、この裏方がいなければパーティは機能しなくなる。代用が利いても、彼以上のスペックを探すのは難しいだろう。

 身体能力、洞察力、判断力。裏方にするには惜しい力だ。

 これだけの才覚を持つ忍者とは、一体。


「……ねえ、フォン。歩きながらでいいから、聞いてもいい?」


「うん、何でも!」


 笑顔で返すフォンに、クロエは聞いた。


「――忍者、って何?」

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