第6話 ニンジャ・ワッツ
忍者とは、何か。
歩きながら、ちょっとばかりフォンは考え込んで、答えた。
「忍者は、元々の意味で言えば、世に平定を齎すべく影から動く存在。王や主君に仕えて、蔓延る悪を滅する存在だよ。といっても、今は僕しかいないし、そんなことをしなきゃいけないほど世の中が乱れているわけでもないしね」
彼の話だけを聞くと、忍者とは偉大な集団に聞こえる。王に仕える専属の暗殺集団。フォンの正体がそれだと言うならば、さっきまでの人間離れした動きにも頷ける。
「なんだか凄く聞こえるんだけど……」
「そんなことないさ。今の忍者を称するなら、人助け集団みたいなものだ。これも、今は僕だけだから当てはまらないけど。昔は皆、黒装束だったらしいし」
「黒装束……パーカーとカーゴパンツじゃ、忍者って呼べないんじゃない?」
「時代に迎合した結果だよ。黒装束の男が歩いてたら、それこそ怪しまれるしね。口元のバンダナを名残にしてるくらいかな」
黒いバンダナを引っ張ってから、フォンはさっきとは別の小物入れを開き、ペンと紙を取り出す。会話以外の音は聞こえない静かな林の中を歩きながら、二人は話を続ける。
「フォンのその力は、忍者が使える技ってこと?」
「技というか、修行で得た技能かな。さっきやってたことは、忍者なら誰だって出来る。クロエも、修行すればすぐ使えるようになるよ」
「修行って、どんな?」
「身構えるほどじゃないよ。一か月丸裸でジャングルで生活したり、両手足を縛られたまま滝壺から脱出したり、一日中刃物の攻撃を避け続けたり、五十五種類の拷問に耐えたりとか、それを五、六年くらい……興味あるかな、ひょっとして?」
「……や、遠慮しとくわ」
そんな修行を受けたらどうなるか、クロエは想像せずとも予想がついた。
最初の修行で亡骸になった自分が頭に浮かび、身震いしたクロエを他所に、フォンは紙に何かをずっと書き留めながら、首を傾げた。
「そう? とにかく今は、僕しか忍者がいない。だから僕は、忍者とは誰かを助け、尽くす人だと考えてる。僕の師匠がそうだったからね」
「師匠?」
「二代目『フォン』。僕は彼から襲名した、三代目『フォン』だよ」
ずっと名乗っていた名前が本名ですらないのに、クロエは驚いた。
「……ふうん。じゃあ、本名は?」
フォンは、首を横に振った。
「ないよ。僕には名前はない。修行を重ねた日々以外の過去もない。血の繋がりもない。忍者にはどれも、不要だからね」
フォンは、ただの荷物持ちではない。ここまではクロエにも予測出来ていたが、過去までもが黒く塗りつぶされているとは思わなかった。
忍者とは何か、大体分かった。誰かに仕え、陰に隠れ、常に後ろに立つ存在。ほとんどがフォンに当てはまるが、存在しないと言い張る過去が、彼の人格形成に大きく影響しているのではないかと、クロエは思った。
異様なまでに人の役に立とうと躍起になり、自分を卑下する、その在り方に。
「複雑な事情があるんだね……って、何してるの?」
クロエに聞かれたフォンは、ペンを動かす手を止め、彼女に髪を手渡した。
「地図を作ってるんだ、忘れないうちに……っと、出来たよ」
彼女の手の上に広がる地図は、ここにほぼ来たことがない者が作ったとは思えないほど精巧だった。クロエは長年の勘でモンスターの位置を把握したり、危険を察知したり出来るが、これがあればそんな労力を割かなくても良いだろう。
「すっご……ほぼ完成してるね、この地図」
「師匠ならもっと上手く描いてたよ。これじゃあ、クビになるのも当然だね、ははっ」
「そんなことないと思うけどなあ。誰にでもできることじゃないよ、これ」
フォンにとっては、これでも足りない。きっと、何もかも足りない。
「いや、クラークのもとにいる為には、これじゃダメだったんだ。もっともっと己を磨く必要があったのに、それを怠った僕の、自分の責任だ」
そう言って自嘲気味に笑うフォンの肩を、クロエは叩いた。
「――自分をそんなに悪くいうものじゃないと思うよ、フォン」
彼女にとって、彼は次第に、ただの荷物持ちではなくなっていた。
単純な技能だけでなく、少しだけ、クロエはフォンを放っておけなくなっていたのだ。
「勇者のパーティじゃあどうだか知らないけど、あたしはすっごく助かってるから。自分に自信をもって、ね?」
この言い分に一番驚いていたのは、クロエ本人だった。
(って、荷物持ちに何を言ってんだか、あたしってば)
複雑な感情を抱く彼女に対して、フォンは少しだけ力ない笑顔で返した。
「……ありがとう、そう言ってもらえると……ん?」
それよりも先に、彼は気づいた。
じっと目を凝らしたその先、ずっと先に、大きな鳥がいるのに。
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