第3話 ニンジャ・エンカウント


「つまり、あのパーティをクビになったショックで、一日寝込んでいたと……」


「そうなんだ。僕はもう、どうすればいいやら……」


 翌日、フォンは冒険者組合の総合案内所で、受付嬢に慰められていた。

 クビにされた当日、フォンはあまりの精神的ダメージで、他の宿で一日寝込んでいた。どうにか多少なり傷が癒えた彼は、冒険者にパーティへの加入などを斡旋してくれる案内所に、助けを求めてきたのだ。

 受付カウンターで項垂れるフォンを勇気づけるように、受付嬢は言った。


「大丈夫ですよ! フォンさん、聞けば体力に自信があるらしいじゃないですか! 職業がちょっと怪しいですけど、新しいパーティからのスカウトは直ぐですよ!」


 顔を僅かに上げて、フォンは聞いた。


「どこかからスカウトの依頼はあった?」


 少しばかりの沈黙。 要するに、雑務ができるだけでは、雇い先など存在しないのだ。


「……だよね」


「果報は寝て待て、ですよ! それじゃあ私はこれで、別のお仕事があるのでーっ!」


 逃げるようにして去っていった受付嬢を恨めしそうに眺めながら、フォンは飲んだくれのようにカウンターにへばりつく。彼の信条は、常に主を支えることだというのに、その主がいない自分に、どれほどの価値があるだろうか。


「くそう、忍者は誰かに仕えてこそなのに……ソロでの活動なんて、何の意味も……」


 一人でも決して活動できないわけではないが、ちっとも意味を見いだせない。

 このままひたすら、来もしない主を待ち続けるだけの生涯を送るのかと、フォンが悲観的になりつつあった時、彼の背中を誰かが叩いた。


「――ねえ、ちょっといい?」


「え?」


 振り返ったフォンの目に映ったのは、女性だった。

 フォンと同年代か、少し年上の女性。オレンジがかった金色のパイナップルヘアー。瞳の色も金色。フード付きの黒茶色の袖なしジャケットと細めの砂色のズボン、臍を露出した緑のインナーを着用しており、口元に赤いマフラーを巻いている。

 背中に弓と矢筒を背負っていて、背丈はフォンより少し低めだ。そんな彼女は、快活な性格であると直感出来るような明るい声で、彼に言った。


「昨日から噂で聞いたんだけどさ、キミ、勇者パーティをクビになったんだって?」


「そ、そうだけど……」


「つまり、今は完全フリーってわけだよね。丁度いいや、そこに座って話さない? 大丈夫、悪い話じゃないからさ」


「あ、うん……」


 言われるがまま、フォンは近くのテーブルに、クロエと向かい合って座った。肘をついたクロエは、一枚の書類をテーブルに置き、ペンを指で回しながら話し始めた。


「まずは自己紹介しよっか。あたしはクロエ・ディフォーレン。職業は弓使い。ソロで魔物を狩って、生計を立ててるんだ」


「えっと、僕はフォン。職業は忍者で、特に生業らしいものはないけど、強いて言うなら、誰かに仕えるとか、従うとかが得意かも」


「忍者って、聞いたことない職業だね。何ができるの?」


「道案内とか、ちょっとした雑務とか。表立って何かをするのは苦手だね」


「じゃあ、荷物持ちとかは?」


「まあ、得意かな」


 自分を誇示しないフォンを見て、クロエの中で、彼の評価はあっという間に固まった。


(自己肯定感の低い、元勇者パーティの荷物持ち。うん、最近荷物が嵩張ってきたし、言いくるめれば、使い勝手のいい雑用係くらいにはなってくれるかも!)


 クロエは、仲間を探しているわけではなかった。基本的に単身で活動している以上、自分の行動を阻害せず、言いなりになってくれる相手が欲しかっただけだ。

 幸い、フォンはあらゆる条件に合致した。だから、クロエの答えは決まっていた。


「よし、決まり。フォン、あたしに雇われてみない?」


「クロエさん、僕を雇ってくれるの、じゃない、ですか!?」


「さん、なんてつけなくていいよ。敬語もいらないしね。あたしの荷物持ちと簡単な手伝いさえしてくれれば、報酬も出すし、なんなら食事だってつけるよ」


「ぜ、是非! どんなことでもするから!」


 フォンは願ったり叶ったりと言いたげな、嬉しそうな表情で承諾した。クロエの腹黒い計画などには、ちっとも気づいていない。


(ちょろいちょろい。仲間ってほどの相手はいらないんだけど、これくらいの奴なら歓迎だね。いざとなれば、デコイくらいにはなりそうだし)


 彼女がずっと手にしていたのは、案内所への申請用書類。そこに、手にしたペンで、彼女は必要事項を書き込もうとした。


「よーし、契約成立。そんじゃ早速、案内所に申請を、と、おっと」


 しかし、ついうっかり、回していたペンを落としてしまった。


「……え?」


 落とした、はずだった。

 彼女が持っていたペンは、突き出したフォンの手の中に収まっていた。

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