第29話 アリサにも……
その日はアリサの10歳の誕生日だった。
月にすれば3月だろうか。この世界で年度の制度は貴族たちのみ使用しているようで、僕たち平民の1年は普通に1月に始まるから生まれとしては早い方だ。
ちなみに僕は誕生日が分かっていないので、転生してきたタイミングが誕生日、ということにアリサの中でなっているらしい。
その日は一日、飲めや歌えやの大騒ぎ。
お酒はここにないので祝杯を上げることはできないのだが、それでも大人たちは盛り上がっている。
というのも、このダンジョン内でアリサはアイドル的ポジションを確立しているからだった。
「すごいな、アリサは」
「い、いやっ、そんなこと……ないよ」
アリサは照れながらも嬉しそうにはにかんでいる。
なにこの可愛い生物。嫁にもらいたいんだけどって妹だったわ。危ない危ない。
まあこんな感じでダンジョン内の紅一点というのか、姫様に女っ気が全くないことが原因で騎士の人をはじめみんなアリサのことをかわいがってくれている。
「あん? なんか言った?」
「いや、なんでもないですよ姫様」
リナ姫がとんでもない睨み方をしてきた。あれは魔物と対峙した時の目だぞ。
それはともかく。
アリサは主にダンジョン内での所有物の振り分け、あるいはみんなが適当に放り込んだ倉庫の整理などを担当しているのだが、いつも誰かが気遣ってアリサの心配をしてくれる。
腰が痛くないか、とか、適当でいいから、とか。
するとアリサは決まって「ありがとうございます! でもわたしもがんばりますからっ!」と両手で拳を作って言うもんだから、もうみんなメロメロらしい。そんなん男だったらいちころよ。
ただ、ひとつだけ案じることがあるとすれば、誰にも愛想を振りまきすぎなのである。
バックパッカーのミルカさんなんか、ありゃ絶対にアリサに惚れてるからな。
ミルカさんも人はいいんだけどさすがにお嫁にはやらない。兄ちゃん寂しいからね。
「あのカールさんが踊ってるダンスは、都市の方のやつですか?」
キャンプファイヤーのようになっている焚火の周りをカールさんが一人でふらふらと踊っている。
いわゆる酔っ払いダンスのように型が無く踊っているものだから、もしかしたら自己流の踊りかもしれないと思って姫様に聞いてみた。
「ああ、あれは無病息災を願う踊り……らしいわ……」
「らしい、というと」
「カールが自分で作って踊ってるだけ」
どおりで姫様の顔が浮かないわけだ。
さっきまで隣にいたアリサは喜んでカールさんの後を追って、見よう見まねで踊ってるけど。
「カール様といえば、よく踊っているところを目撃したという話を兵士たちから聞きますね」
「宮廷の中でも踊ってたんですか?」
「まあ彼は宮廷勤めとは言ってもお抱えのものではないですし、もともとは田舎の出身とも聞きました。どうしても踊りたくなる時はあるんじゃないでしょうか?」
バルデスさんが姫様の後ろでご飯を食べながら話をしていた。
この二人も上下関係で差はしっかりあるものの、そういった食事やなんやらは無理に立場の違いを意識することもないらしい。
バルデスさんは一応気にしているみたいだったが、姫様は全く気にしなさそうだしな。
「でも、ほんとアリサの為だけにこんなパーティーをしてもらえるとは」
「まあ、アリサにはみんな見えないところで助けてもらってるからね」
「そうですね。戦闘狂で魔石もろくに集めずただ魔物と戦っているだけのどこかの姫様とは大違いだ」
「なんか言ったバルデス?」
「いえ、滅相もございません。とりあえずその剣を鞘に収めてください」
きらりと火の光をその剣身に映して光る金属製の剣。
一体どんな金属が使われているのだろうか、僕の知っているものではあの輝き方はしないなあ。
その剣が首に当たっているバルデスさんは気が気じゃないだろうけど。
「はぁ。まああの子には本当にお世話になってるからね」
剣をしまってため息を吐いてから話す姫様。多分そのため息はバルデスさんへ向けてのものだと思う。
「なんか彼女って変わってるのよね。見てるだけで力をもらえるっていうか」
「ええ、わかりますわかります」
「……あんたの場合はただの妹バカだと思うけど」
「かわいさは正義です」
アリサはかわいいだけじゃないけど。
なんだか姫様が僕の方へもため息を向けた気がしたが、まあ気のせいだろう。
話を続ける。
「……なんかあの子って不思議なのよね。時々、深く考え込んでるときがあって……」
「そうです?」
僕はそんなアリサの様子を見たことはない。
女神だと思うことはあっても。
姫様もそろそろ僕のシスコンっぷりに呆れが出てきたのか、うんざりしたような顔で立ち上がった。
「まあ、あれよ。とりあえず気にかけておきなさい」
そういった姫様の顔は冗談で言っているようには見えなかった。
「はいはい、そろそろ終わるわよ」
姫様の呼びかけに対して笑顔で応対するアリサの姿が僕の視界の中に収まっていた。
そしてその次の日、誰もが予期していなかったことが起きた。
アリサに、加護が授けられることになったのだ。
「やった、やったよにいさん!」
「おお、良かったな。……兄ちゃん嬉しいぞ」
「なんかうれしそうじゃない」
「いやいや、そんなことない。嬉しすぎて兄ちゃん、目にゴミが入ったんだ」
嬉しさと目にゴミが入ることがどうやったら因果関係で結ばれるのだろうか。
まあそんなことはどうでもよく。
朝起きるとアリサに加護が授けられていた。
その光景は、つい先日僕が加護をもらった時のデジャブのようで、僕かアリサの違いだというだけだった。
「ちょっと神託石を見せてくれ」
「ん? いいよ~」
アリサが嬉しそうに掲げている神託石を見せてもらった。
【加護 ゼウス】 レベル1
【スキル】――【絶対神】 レベル1
ゼウス……? ゼウスとは?
「おい、アリサ。ゼウスって誰だ」
「え? 知らないけど……」
ということはこの世界で生まれた偉人ではやはりない。
いや、というか僕のいた世界でもそんな人はいない。
いたのは、同姓同名の神だけだ。
ギリシャ神話における最高神、だったか。確かローマ名はユピテル。
神話にはそこまで詳しくない僕でも名前くらいは知っている。
世界的に有名な神様なのではないか。
だが、気にするのはそこではない。
ゼウスというのは、神話の世界に登場する神。
つまり、実在はしないのである。
「どうしているかもわからないのが加護に?」
もはやまっとうな推論は不可能となった。
元の世界とのつながりがあるのかも怪しいというのに、とうとう元の世界でも怪しい
いよいよゲームの世界にいるような気分になる。
逆に人為的に作られたゲームだというのなら、ゼウスなんていう名前が付いた加護が降りてきてもまあ考えられる。
「にいさん、どうしたの? やっぱり……うれしくない?」
「いや」
ただ、そんなことはもはや僕の中ではどうでもいいことだった。
僕の目の前にアリサがいるということは限りなくリアルで、それで彼女のことを守りたいと思う気持ちもまたリアルなのだから。
「本当に嬉しいんだ……。加護が降りてきたからって無理をさせるわけじゃないけど、これからも頑張ろう」
加護があったところでアリサはアリサだ。
それは変わることじゃない。今まで通り大切な大切な妹だ。
「うん!」
アリサは僕がこの世界にやって来てから見てきた中で、一番の笑顔を見せてくれた。
最後にステータスの確認。
【加護 坂本龍馬】 レベル 35→36
【スキル】――【型破り】レベル 2
【運搬】 レベル 3
【加護 レオナルドダヴィンチ】 レベル21 →23
【スキル】――【錬金】 レベル1
【研究者】レベル2
【フィル】
【能力値】
・体力 161 →166
・力 137 →142
・防御 79 →82
・魔力 163 →172
・敏捷 148 →154
・運 130 →136
・賢さ 241 →252
【魔法】
今日のメモ――どうやら加護にもランクというものがあるみたいだ。アリサのステータスは僕がレベル1のときのものよりも格段に高かった。
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