閑話 二人の男女
フィルたちがいた村から国境をいくつも越え、人が住むことのない森の中で、一人の男が魔物と戦っていた。
戦っていた、というのには語弊がある。
一方的に――圧殺していた。
「ほえー、この辺は魔物が多くて大変だな、と」
目の前に転がるオークを見て、男――アレスはなんでもないようにつぶやく。
魔物を狩ることは彼の本来の目的ではない。
彼の目的は――逃げることだった。
誰から? それは。
「アレスー⁉ どこいるのー⁉ 隠れてないで出てきなさい!」
聞こえる声は女の声だが、発せられているのは上空にいる鳥から。
紛うことなき、追跡者である。
「はぁ……ここまで追いかけてくるのか……⁉」
その声は、アレスにとってよく知った声だった。
親よりも聞いた声かもしれない。残念ながら。
彼女は召喚士のベルハート。アレスの幼馴染にして、10年前に龍を討伐したときのメンバーの一人だった。
その功績を手に、彼女は――彼女だけは貴族になっていた。
土地を与えられ、民を治めるものになった。
もう一人の方は……どこか遠くで騎士をやっているとのうわさだけど、本当だかどうだか分からない。
「あいつも俺と一緒で人の上に立つような人間じゃないからな~」
正確には彼の場合は、人の上に立ちたがるような人間ではない、という方が良いだろう。
とにかく面倒くさがりで、何かにつけてサボろうとする。
「アレスー‼ 隠れてるとビンタするわよー!」
乱暴な声が近づいてくる。徐々にだが、場所を特定しているらしい。
うまく魔力をたどったのか……。
「そろそろいかないと……」
どうやらここのキャンプも1週間と持たないらしい。
バレる前にさっさと男はずらかった。
この鬼ごっこは、10年前からずっと続いていた。
きっかけは、龍を倒してから半月ほど経ったある日。
「アレス、あんたも貴族になりなさい」
「え、やだ」
という、何も考えずに発した会話が原因だった。
何も考えずにとは言ったものの、考え自体はアレスの本心そのものだ。
自分が人を治めるようなことはできないと思ったし、自分に向いているものだとも思えなかった。
考えずに、という表現にしたのは、アレス自身、もう少し断り方というものがあったのではないかと後悔しているからである。
もう少しやんわり断るだとか、しっかりと論理だてて断るだとか、そういったものだ。
なぜなら、その断り方を間違えたがために、今こうして追われるようになっているからだ。
どうやらベルハートは自分にも功績を与えたいらしい。
龍にとどめを刺したのはベルハートだし、あの戦いではベルハートの活躍なしには勝てるものではなかったから、ベルハート一人が功績を受け取るのは何も間違ったことではないと思うのだが。
『あんたもあいつも受け取らないで、あたしだけとかむり‼』
とかなんとか言っていたが、その後は腰を落ちつけて話したことが無いので、今はどういった心境なのかはさっぱり分からない。
まあそれで袂を分かってから、俺はずっと彼女から逃げる日々。
逃げれば逃げるほど会った時のことが怖いので、もう一生彼女に会うことはできないかもしれない。
「というか、俺もそろそろ定住したいんだけどなあ……」
そろそろどこかでちゃんと家を持ったりゆっくりと暮らしたいものだ。
そんなことを考えながら周りを気にしつつ歩いていると、目の前に、懐かしさを感じるような見慣れた入り口が存在した。
周りは草が生い茂っておりしっかりと中は見えないが、間違いない。
「ダンジョン、か……」
そこはかつて、3人で修行だといって何度も足を運んだところ。
嫌がるあいつを引きずり回し、ベルハートと二人でノリノリで探検していた場所だ。
「懐かしい、な……」
遠くへ行ってしまった友人と、おっかない彼女のことを思いだして、ふと目頭が熱くなった。
あの頃は今よりも楽しかった。
わちゃわちゃと盛り上がっては、あいつに冷たくツッコミを入れられたし、それに対して反撃をしたりもした。
3人でバカをやって楽しんでいた。今思えば、龍を倒したいという思いはあってもそれが主でなかったようにも思える。
ただ3人で楽しく暮らせていればよかったのかもしれないな。
「まあ――それでも結局龍を倒していただろうけど」
せっかくそのために強くなったのだし、あの時の龍は早く殺さなければいけなかった。
それに、強い相手に挑むというのは、一種の男のロマンなのだ。仕方ないのだ。
だからそんな思い出に浸っていたから、無意識だった。
特に深い考えがあって、していたわけでもない。
そんな郷愁にもっと浸るために、かもしれない。
ちょっと行って帰ってくるくらい、楽しいかもしれないなと思っていたのかもしれない。
とにかく、何も考えずただなんとなくで、アレスは足をダンジョンの方に向けていた。
でも、向かってみて気が付く。
「――あれ? ここなら絶対に、バレなくないか?」
ダンジョンは入り口がすぐに閉まる。
このダンジョンの感じから言えば、あと数十分で閉まるだろう。何度もダンジョンに足を運んできたからこそわかる直感が、それを教えてくれた。
ダンジョンに潜りさえすれば、1か月、長くて1年は平和が保たれる。
まさかベルハートも、自分がこんなところに潜って住もうと考えたなど思いもしないだろう。
実際に、ダンジョンに慣れ親しんだとさえ言える自分であっても、この10年一度も頭をよぎらなかった考えだ。
アレスはほとばしる高揚感を必死に抑えていた。
自由はすぐそこにある、その喜びが鼓動をはやらせる。
気付いた時には、もう既にアレスは足をダンジョンの中に突っ込んでいた。
とうとう長く続いた鬼ごっこも、終わりだ。
「よしよしよしよし、誰も見てないな……?」
周りを確認したアレスは、瞬時にダンジョンの中へと入っていく。
――たしかにこの追いかけっこはこのアレスの行動によって終わりを迎えた。
木の上から目を光らせているサルに気が付かなかった時点で。
アレスは、ダンジョンの20階に居を構えることにした。
深くまで探検したのは、10階程度だと魔力が地上まで漏れるかもしれないと考えたからだ。
久し振りのダンジョン探索は面白かった。
15階からはさすがに相手も強くなってきて一人じゃなかなか進めなかったが、何とか20階までたどり着いて拠点を築くことが出来た。
「久しぶりだな、この感覚」
声が洞窟内を遠くの方まで響いていく。
闘技場3個分くらいにもおよぶこの広大な空洞内は、既にアレスによって攻略されている。
一面に火の玉を飛ばしておいたので、遠くからでも空洞内が見渡せる。
一応無数にある空洞から繋がる道に関しては、魔法による障壁が展開されているので魔物が入ってくることはないだろう。
「ふん~、ふふふ~ん♪」
上機嫌になったアレスは、久し振りに感じる安心感というやつに体を支配されていた。
10年ぶり、だろうか。
アレスはささっと土魔法と火炎魔法の応用で家の形を整え、頑丈にしていく。
土魔法と言っても色々な種類があり、木を好きな場所に生やすことで家の柱にしていく。
「おしおし、こんなもんか」
一人で住むのには少し広すぎるようにも感じるが、広くて困ることもない。
15階で倒しておいたイリーガルハウンドと呼ばれる、2、3メートルのオオカミを解体して手に入れられる皮を床に敷いて、一息つく。
「あーこりゃきもちぃい」
思ったよりも快適だ。
快適じゃないのは、ここが静かすぎることくらいだろう。
「もう少し雑踏とか、人の声がしてもいいんだけどな」
「――あら、じゃあ私がいた方がいいわね?」
うっすらと目を開けると、横にはなんだかよく分からない顔をした女が立っていた。
喜んでいるのか、泣いているのか、嬉しいのか悲しいのか。
たぶん一番近い表現で言えば、どや顔というやつなのだろう。最近流行っている言葉だと、町の人が教えてくれた。
「ま、まて。な、なぜお前がここにいる」
「それはこっちのセリフねえ。10年も逃げてくれたアレスさん?」
違った。怒りだ。怒りの感情だ。
その日アレスは、10年分の怒りをその身に浴びることになったのだった。
【加護 ジャンヌダルク】 レベル 283
【スキル】――【福音鳴る神の加護】レベル 3
【逆境Ⅵ】 レベル 5
【鼓舞Ⅳ】 レベル 1
【光Ⅱ】 レベル 4
【闘志】 レベル 7
【アレス】
【能力値】
・体力 1672
・力 1896
・防御 895
・魔力 1322
・敏捷 1566
・運 603
・賢さ 1208
【魔法】――【炎Ⅷ】
【水Ⅵ】
【土Ⅴ】
【風Ⅵ】
【光Ⅹ】
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