第22話 拠点づくり

 さて、ダンジョン二日目だ。

 ダンジョンで起きるのは僕にとっては久しぶりのことだが。


「アリサ?」


 意識が覚醒してくると、腕の何か別の質量を感じた。

 左右に寝返りを打ってみても、腕から離れることはない。


「むにゃー……にいさん…ふふ」


 ああ、今悟った。僕の人生、今日この日のためにあったんだ。


 腕にくっついていたのはアリサだった。

 寝るときは少し離れていたはずだから、寝ている間にこっちまで来てしまったのだろう。


 あーこの寝顔ほんとかわいい。写真があったらフレームに収めてるのに‼


「てか、僕の方が早いのは珍しいな……」


 大抵いつもはアリサの方が早起きだったはず。

 たまに僕の方が早く起きることはあっても、それは僕がたまたま早朝に起きたからだ。


 普通の時間に起きてるのにアリサの方が遅い、つまりアリサがいつもより起きるのが遅いのは珍しかった。


「やっぱり、眠りづらかったのかな」


 初めてのダンジョンということで緊張していたのかもしれない。


 周りを見回すと、起きているのは僕の他にバルデスさんくらいだった。

 あの人、めんどくさがり屋なのに起きるのだけは早いんだな。


 ――と思ったら筆を持ってきた。


 あれはどうやら姫様の顔に落書きをしようとしているらしい。

 どれだけ姫様に不満が溜まってるんだよ。というか顔に落書きとかバレたら普通に殺されそう。


 まあどうやら、姫様の謎の防衛本能が働いたのか筆を持ったバルデスの顔に寝ぼけながら裏拳をかましてるけど。


 平和だなあ。


「んっ……、にいさん……?」

「おはようアリサ」


 と、そんな光景を眺めていたらアリサが目を覚ました。


「おはよう……にいさん」

「眠かったら寝てていいんだぞ?」

「…………、ねがおはみせないから」

「バレてる」


 いいもん、さっきまで天使のような寝顔を見てたから。


「ご飯まであと1時間あるから、ゆっくりしとくといいよ」

「うん」


 ご飯の時間はあらかじめ決めてあった。

 調理するテリアの負担を考えてのことだ。


 どうしても遠出していて帰ってこれない場合は、事前にテリアに携帯食を作ってもらえることになっていた。

 なんでも、『あんたらの栄養は全部あたしが管理する!』と言っていた。

 そういえば農場を作りたいとも言っていたな。


 頼もしいクックに感謝をしつつ、これからの構想について考えていかなければならない。





「で、この先どうすんの? とりあえず拠点は出来たけど」


 朝ごはんの時に近くに座った姫様が尋ねてきた。

 ちなみにまだ机や椅子と言う代物はないので、みんなフォアウルフの毛皮で出来たカーペットの上で座って食べている。


「拠点というか、言ってしまえばまだ安全地帯ですね」


 便宜上、拠点と言うことは多いがまだ魔物がいない安全地帯というだけにすぎない。


「とりあえずはこの拠点の設備を増やしていきましょう」

「……また?」


 姫様は退屈そうだ。

 姫様としてはそんなことよりも魔物を倒したいのだろう。ダンジョンに来た目的も大まかに言えばそれだ。


 ただ、姫様がつまらないと感じるのは予想していた。


「姫様はダンジョンの探索に行ってもらってもいいですよ」

「ほんと⁉」


 急に目を輝かせ始めた姫様。隣でバルデスさんがため息をついている。


「ただし条件があります」

「なによ?」


 姫様がもう既にダンジョン外に行きたくてうずうずしている。

 本当に分かりやすい人だ。


「まず一つは、ちゃんと護衛を付けること」

「分かってるわよ。ね、バルデス?」

「残念ながら承知しています」


 バルデスさんが姫のキラキラと輝いている顔を見ずに返事する。なんかすみません……。


「それで、もう一つなんですが」

「なんでもいいわよ!」

「ではお言葉に甘えて……。ダンジョンの外に出るときは東の空洞から出てほしいです」

「東……? いいけど……なんで?」


 不思議そうに訊いてくる姫様。

 まあたしかにダンジョンに入ってしまえばどこから出ても一緒なような気もするが。


「東の空洞に解体場を設置する予定なんですよ」

「では、そこに魔物の死骸を置いておけばよいのか?」

「そういうことです」


 さすがに死体を持って拠点内をうろうろとされてしまうと臭くてしょうがない。


「あとは、ダンジョン2階の入り口も見つけてほしいです」

「? いいけど……まだ当分行く予定はないんじゃないの?」

「別に姫様なら、無理しないという約束なら行ってもらってもいいですよ。多分2階でも余裕でしょうし」


 ダンジョンに入る前にちらっと姫様の能力値を見せてもらったのだが、とてつもなかった。

 5階までなら余裕をもって進めるんじゃないかな。


 それに、2階を見つけて欲しいのには理由があった。


「2階の入り口まで見つけて欲しいのは、いずれそこまで拠点を広げるつもりだからです」

「……はぁ」

「なんです? これ見よがしにため息なんかついて」

「いや、別に」


 なんか、すごく変な目と言うか呆れたような視線を感じたけど、まあいっか。


 やっぱ安全に2階まで行けるようにしたいからね。


「じゃあ、私はダンジョン攻略の方に行くわね。バルデス、3分後に出発するわよ」

「もうちょっとゆっくり準備したらどうですか?」

「一秒でも遅刻したら許さないから」


 ダッシュで準備をするバルデスさんがなんだか可哀想に見えた。





「では、こっちはこっちで拠点の設備の方を整えていきましょうか」


 姫様とバルデスさんがいなくなると、実質的に僕がリーダーのような形になる。


 騎士の人たちも姫様からしっかり言いつけられているようで、僕のような年下が指示をしても文句ひとつも言わない。

 年上の人を顎で使うのは少し気が引けるけど、ありがたい話でもある。


「じゃあ、まずはこれを見てください」


 床の上に、姫様から貰った紙に書いた地図のようなものを広げる。


「こんな感じに施設を作っていこうと思います。東に解体場、西に農場、今いる北は寝床で南はこれ以上人数が増えたとき用の仮宿ですね。真ん中のところには倉庫を置こうと思います」

「なんで真ん中が倉庫なんだい?」

「倉庫がどこの空洞からも近い方が、楽だと思ったからです」


 調理師のテリアさんが尋ねてくる。

 フランクな物言いだから、こっちも話しやすい。


「わ、ワシからもいいですかな……」

「いいですよ、カールさん」

「農場とあるのですが……、こちらはどうやって作ればいいのですか……?」

「それはちょっと考え中です。光と土、どちらも足りないんですよね」

「あら~。じゃあ私が作ろうか~?」


 と、そこで会話に混じってきたのは黒いとんがり帽子を頭にかぶった、20代後半と思われる女性。


 その風貌から分かる通り、彼女は『魔女』だ。


「ワンダさん。そんなことできるんですか?」

「魔女だからね~。土や光を作るくらいお茶の子さいさいだよ~」

「でもかなり負担になるんじゃ……」

「魔女を舐めてるね~……。まあ私も野菜が食べたいと思ってたところだからねぇ~、自分の為でもあるのさ~」

「ありがとうございます!」


 これは突然降ってきた幸運だ。ありがたいありがたい。


 というか、本当にワンダさんは不思議な存在だ。

 悪意とかは一切感じないから大丈夫なんだとは思うけど、どういう目的でダンジョンに来ているのかもわからないしどんな人かもわからない。


 ミステリアスにミステリアスを重ねたような人だ。


「じゃあ農場を作るのはワンダさんを中心にお願いします」

「は~い」

「それで倉庫の方はカールさんにお任せします」

「りょ、りょうかいしましたっ!」


 仮宿の方と解体場の方は、ひとまず後にしよう。

 農場の方は作ってすぐに効果が出るものではないけど、早く作らないといつまでたっても野菜が食べられない。


「食事の方は、姫様たちが倒してくれる魔物と、僕も積極的に狩りに行こうと思います」


 僕もレベルを上げていかないといけない。


 ダンジョン1階では空洞が小さすぎてアリサ用の豪邸が作れない。

 こんなんじゃ一戸建ても作れないし。


「これで方針は固まりましたね。じゃあ、それぞれ自分の役割を出来る範囲で頑張りましょう! 無理だけはしないようにお願いします」


 とりあえず村みたいなものにしていこう。


 いずれは村から町くらいにはなるといいなあ。

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