閑話 士官とお姫様
「ねえ、バルデス?」
「なんでしょう、お嬢様」
あからさまに不機嫌な声に、バルデスと呼ばれた20過ぎの若い士官はため息を抑えながら返事をする。
このように青髪の姫が控えている執事に呼びかけるのは、バルデスが仕えるようになってから3年、何度も繰り返された光景だった。
いつも言うことはひとつ。
「ひま」
本当にのどまで出かかった嘆息を押し殺して、バルデスは齢15の姫に返事を返す。
「リナ様。わたくしに言われましても、どうすることもできません」
こうやって返すたびにバルデスは思う。
騎士であるにもかかわらず姫の要望でここで働くことになったのは、こうして愚痴を聞かされるためだろうと。
「ふん、面白くないわね」
そして毎回のごとく、姫の要望を叶えられないバルデスは罵倒を受ける。
罵倒と言っても年下の女の子からの罵倒なので、かわいいものだが。
「バルデス、面白い話をしなさい」
「面白い話、ですか」
バルデスは迷った。
この前、騎士団長が訓練中に尿意に耐え切れずお漏らしをしてしまっていたことを言おうか。
でもあれは自分以外は気付いていないはずだから、墓場まで持って行った方がいいだろう。
そもそも面白い話と言って、姫がそういう笑い話を望んでいなかったときは、騎士団長のメンツだけが失われるという一番悲惨な結果になってしまう。
だとすると、その話をするのはやっぱりリスキーだ。
「この前の訓練で、騎士団長のウィルクス様が……」
と思いつつも、話していた。
騎士団長のメンツがつぶれるだけなら安いもんだ。
何をためらう必要がある。
ということで、騎士団長の汚い話を流暢に語ってみせる。
「ふーん……、興味ないわ」
あの騎士団長、何の役にも立たずに死にやがった‼ せめてもうちょっと笑いを取ってから漏らせよ!
などと心の中で毒づいていたが、そんな暇はない。
「ほか」
姫は満足していないからだ。
このままでは不機嫌になって勝手に外に出て行ってしまう。一度外に出てしまうとなかなか帰ってこないのでそれはまずい。
最近耳に入った情報をなんでもいいから取り出してみる。
「そういえば、南東の方の村で、10歳にして加護を授かった子供が現れたとか」
そういえば一応報告に上がってきていたことを、姫に伝える。
どうせゴシップ好きが広めたデマだろう。
特に姫がそんな根も葉もないうわさに食いつくわけもない。
言い出しておきながら、これは失敗だったと反省をするバルデスだったが。
「……なに?」
意外なことに、姫は興味を示した。
いや、示してしまった。
「詳しく聞かせて」
「い、いや、騎士団としても詳しいことまでは」
「じゃあ調べに行きなさい」
ここで、この話をしたことが明確な失敗だったことに気が付く。
そういえば、鍛錬好きな姫はこうやって自分と張り合えるライバルを探していた。
かく言うバルデスも、1年前までは稽古をしつける側として何百回と剣を交えたのだが。
2年前、加護を手にしてから姫はリナ姫はめきめきと力を伸ばしていき、1年で【加護なし】では相手にできなくなり、そして今では王国でも屈指の実力者になってしまった。
バルデスは加護を持ってはいるが、そこまでの才能は持ち合わせていなかったので、1年前にはもう相手になれなかった。
だが、それでも加護を得たのは13歳。当時は世界最速だと言われてかなりもてはやされていたが、今回の話は10歳。
だから、噂の信ぴょう性よりも、自分よりも早い人間がいることが気に入らないのだろう。
――いや、姫のことだから、強敵と戦えることを喜んでいるのか……。
「リナ様、そんなどこからの情報とも分からぬ情報を信じてはなりませぬ。この国を背負って立つものとしてそれくらいの分別はありませぬと」
「だから、ウソかほんとか分からないから調べてきなさいって言ってるでしょ」
こういうとき、バルデスは姫の聡明さが嫌になる。
無鉄砲なことはするくせに、こうやって反論だとか口げんかがうまいのは3年前ほどから変わらない。
――誰が育て方を間違えたんだか、と恨み言を言いつつも、必死に面倒くさい仕事をしないことだけを考える。
「姫様。でしたら、侍従のものに行かせましょう。たしか手が空いているものがおりますから」
「だめ、あんたが行きなさい。侍従じゃ時間がかかる」
どうやら姫は自分のことを使い勝手のいい道具に思っているらしい。
一度認識を改めていただかないと。
「バルデス。あんたがめんどくさいって言うなら、私が直接行くけど」
「はぁ……。分かりました、行きますよ行けばいいんでしょう」
「もっと口が悪くなければ、合格ね」
何に合格したんだか、と呆れながらもバルデスは覚悟を決める。
これ以上反論をしたら、もっと面倒な仕事を押し付けられそうだ。
「じゃあ姫。1か月のお暇を頂戴したく」
「1週間で調べてきなさい。1週間で帰ってこなかったら、1か月何も食べられないと思いなさいね♡」
最後の姫のドS含みの笑みに吐き気を催しながら身支度を整える。
いつか覚えとけよ、ご主人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます