第14話 残されたもの

 ダンジョンに潜って三日。


 もう既に倒したゴブリンの数は100を越える。


 ――あれ、1か月で100匹とか思ってたけど、思った以上に倒せてるな。


 ちなみに、食料も持ってきた分はすでに底をついたので、ゴブリンの肉を一度加熱してから干してにおいを消している。

 案外いける味で、満足しているけど……やっぱりアリサの料理が食べたいと思ってしまう。


 魔石は大体一日に10個ほど消費するので、多分70個ほどは溜まっているのだろう。

 さすがにもう数えていないけど。


 ちなみに用途は、火と水だ。他には使い道がない。今のところ。


 家はようやく当初予定していたくらいの、畳3畳分ほどにはなった。

 大体大きさにして、地上の家と同じくらいか。


 まだゴブリンの声はうるさいけど、何とかやっていけている。


「そろそろフォアウルフも狩りたい頃だな。さすがにこれ以上石の上に寝るのは勘弁だ」


 どうやらこの近くにはゴブリンしかいないみたいで、まだゴブリン以外の魔物と戦っていない。

 まだそこまで遠くの探索をしていないというのも理由だろう。


 それでも、遠出をするにはまだ少し不安があった。


 一日もこの拠点に帰ってこれなかったとしたら、ゴブリンどもに壊されるかもしれないし、何より遠征してその場所に新しく拠点を作るというのは大変すぎて今の体力では厳しい。


 せめてもう少し能力値を上げて、魔物との戦いで体力を消費しないようにしたい。

 それかここから一日で行けるところに新たな拠点を築くか。


 だが、どちらもそもそもの拠点がしっかりしていなければ難しい。


 だから、目下のなすべきことはこの拠点を丈夫で安心できるものにすることなのだ。


 できれば調理場と解体場を家の中に置いておきたい。

 今のままでは解体中や肉の調理中にゴブリンに襲われることが多すぎて、効率が悪すぎる。


「はあ」


 まだやることは多い。


 こうやってゼロから作っていくのは好きだったが、ここまでやることが多いと一苦労だ。


 それでも楽しいと思ってしまうあたりは、まだ楽観的なのかもしれないが。


 とにかくやることは多い。


 とりあえずは石をたくさん持ってきて、家の敷地を広くすることだ。





「よし、ようやく完成、か……」


 目の前にできた、ちっちゃい石だけの豆腐型の建物を見て、ため息を吐く。


 調理場だ。


 結局、家とは別に調理場を設けることにした。


 これには一応理由がある。


 ひとつは、建物の分散を図ることによって、もし魔物の襲撃に遭った時に被害を分散させるためだ。

 一つの建物に全ての機能を集中させていた場合、それが壊れたときに途方に暮れてしまう。それを嫌ったのだ。


 ふたつ目は、家の拡張も料理場の拡張も将来的に行うだろうという見込みの下だ。

 両方ともまだ仮のものだから改築するはずだ。その時に一緒だと面倒くさい。


 いずれはもっと広くして、2人か3人、別の人間が使っていても余裕があるくらいにはしたい。

 まあこれはどうなるか分からないけど。


 というわけで、ひとまずキッチンが完成した。これで、料理をしている間は魔物に襲われる心配がない。


「次は解体場にしようかな、それとも倉庫を先に作ろうかな」


 次に作るモノを考えてウキウキ気分になる。


 こうして、明確に生活がよくなったと思える瞬間は楽しい。

 頑張った甲斐があったと思う。


 といっても、本当にただの豆腐小屋になってしまったことだけが心残りだ。

 もうちょっと余裕があれば、もっとセンスのいいやつが建っていたに違いない。


「よし、寝よう」


 最近は足を伸ばして寝ることが出来て、気持ちがいい。

 床がふかふかなら最高なんだけど。





「にいさん、だいじょうぶかなあ」


 金髪の幼い子は、夜に家の近くの芝生で座って空を見ていた。


 目の前にはキラキラと目がまぶしくなるような程の星たち。

 こんな光景はフィルがやって来た元の世界ではめったに見られるものではないことを、当然アリサは知らない。


 綺麗だとは思っていても、ありがたみを感じるほどじゃない。


 ――兄のことを考えなければ。


「にいさんは、こんなきれいなほしぞらをみれてないんだよね」


 それは、兄のことを不憫に思って出た言葉ではない。


 兄が自分のために頑張っているのに、頑張ってもらっている側の彼女がのうのうと星を見ていることに対する罪悪感だ。

 正直に言えば、そこまで星に価値があるとも思っていない。


 兄がいないからだ。


「にいさん……」


 独り身でいることは慣れていたはずだった。


 生まれて、彼女の親が共に死んでしまってから、もう4年。

 物心ついたころにはもう独りだった。


 だから慣れていたはずなのに。


 半年ほど前、天涯孤独だった彼女には家族が出来た。


 今でも、なぜ自分がそんな真似をしたのかが分からなかった。


 家族が欲しかったから? 一人で寂しかったから?

 それとも、道端で転がっている彼のことが哀れに見えたから?


 どちらともしっくりこない。

 そんな言葉で説明できるようなものではない、そう感じていた。


 唯一言葉で説明しようとするならば、それは直感、あるいは運命といったたぐいの言葉がふさわしいと思う。

 ただなんとなく、そうしなければならないと思ったからだ。


 そんな理由も不明で出来た家族に、しかし彼女はたしかに親しみを感じていた。

 温かい気持ちが、彼といるとどくどくと溢れ出してきた。


 フィルと一緒に居るのが楽しくて、幸せだった。


 そう、まさしく幸せというやつだ。


 でも、彼の方はといえば、それには飽き足らないという。


『アリサにはもっといい生活を』

『うまいもん食わせてやりたいんだ』

『こんな狭い家じゃ窮屈だろ』


 フィルはこんな言葉たちをかけてくれた。


 それも無理はない。彼には人を幸せにする方法が分からなかったし、自分という人間の価値も分かっていないのだから。


 それでも、アリサは思う。


「にいさんがいてくれたら、それでいいのになあ」


 自分のために何かをしてくれるのは嬉しい。

 本当に自分を大切に扱ってくれているという事実が嬉しくてしょうがない。


 あまり親にはいい思い出がない。顔も覚えていないけど、お母さんお父さんと聞いていいイメージが湧いてこない。

 でも、にいさんという言葉だけはぬくもりを感じる。

 唯一、愛情をくれたからだろう。


 でも、そんなに何かしてくれなくても彼女にとっては幸せだった。


 今までいなかった家族が出来たのだから、そばにいてともに時間を共有できているだけで満足だった。


「にいさんはたぶん、なにもできないっておもってるけど」


 兄は自分のことをよく卑下している。


 でも、彼女にとっては兄は唯一無二の存在で、大好きな人だった。


 そんな兄が今、地下ダンジョンで頑張っている。

 星も見ずに、太陽の光も浴びずに、頑張っている。


 だから自分も我慢して兄のためにできることをするのだ。


「にいさん、あいたいよう……」


 それでも時折。

 さびしい。



 最後にステータスの確認。


【加護 坂本龍馬】 レベル 11→14


【スキル】――【型破り】レベル 1

       【運搬】 レベル 1


【フィル】

【能力値】

 ・体力 50 →57

 ・力  57 →64

 ・防御 22 →25

 ・魔力 17 →20

 ・敏捷 49 →55

 ・運  37 →43

 ・賢さ 34 →42


【魔法】


 今日のメモ――特になし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る