第11話 旅立ち

 ダンジョンへ潜る当日、アリサといくつか約束事を交わした。


 ひとつは、次にダンジョンが開いた時に必ず帰ってくること。

 つまり、次に開くのが閉まってから1日後だったとしても、絶対に帰ってこいと言われた。


 僕としても長期間、家をアリサ一人にするのは不本意であるのでもちろん文句はなかった。


 あとは、資源を惜しまないこと。特に食料と道具。


 今回のダンジョン探索のために、アリサに肉を焼いて干したもらったものと、少しばかりお金をはたいて手に入れた薬草を持っていくことにした。

 そういった荷物を節約のために惜しまないことを条件にされた。


 多分これは、僕の貧乏性をアリサに見抜かれているからだろう。

 たしかに放っておけば僕も節約しようと考えるかもしれない。

 これも異論の余地はなかった。


 あとはダンジョンの2階以降に行かないこと。どれだけ強くなったとしても1階しかダメと言われた。まあ、別にこれも問題ない。今回はダンジョンで強くなることが目的じゃないからな。


 そして最後に、これは僕の方からした約束事というよりも決意表明。


「絶対に拠点を作って帰ってくるから」


 安全が確保された拠点。これを作ることが今回の冒険の目標。


 拠点さえ作ってしまえば、困ったときはそこに行けば何とかなるし、ダンジョンで訪れる異常事態もいくつかは回避できる。

 そして、アリサを安心させることが出来る。


 だから何とかしてあちらで拠点を作らなければならない。


 幸いなことに岩は無限にあるし、木や水だって探せばあるらしい。


 だからちゃんとした拠点が作れると思う。


 逆に言えば、拠点を作らずして家に帰ってくることはできない。


「よし、じゃあ行ってくるよ」

「うん」


 家でアリサと別れる。

 ダンジョン前じゃないのは、自分の決意を鈍らせる予感がしたからだ。


「じゃあまた、にいさん」

「ああ、ちゃんと戻ってくるからな」


 自分に言い聞かせるように、そうきっぱりと言い切る。

 アリサも昨日の表情とは一転、晴れやかな顔だ。


「よし」


 アリサに背を向ける。次にアリサの顔を見るのは、ダンジョンから帰ってくる時だ。


 こうして冒険者としての一歩を踏み出した。




「おい、フィル」

「なんですか、ダンドさん」


 ダンジョンの入り口、村から少し行ったところの前にいたのは親の顔より見た顔。

 いや、アリサの方がもちろん見たけど。というか親もいないし。


「せんべつだ。もってけ」


 そこから、ダンドは肩に担いでいたものを乱暴に放り投げてくる。


「これは?」

「斧だ。武器にもなるし、木を切るときにも使える」


 かぶさっていたボロボロの布を剥がすと、年季の入った斧が出てきた。


 少し鉄の部分に錆びも入っているし、持ち手の部分の木も変色している。


「へへ、まあ俺の使ってたお古でわりいけど」

「いえいえ、そんな……」


 恥ずかしそうに言うダンドだったが、そんな恥じらうことは何一つない。


 それどころか、これは大切に使っていたものだろう。それを、まだ会って1年も経たない相手に渡すというのは通常ではありえないことだ。


「ありがとう、ございます……」

「いいってことよ。その代わり、帰ってきたらちゃんとダンジョンでの思い出話を語ってくれや。俺の娘も楽しみにしてるから」

「分かりました。必ず」


 ダンドに娘がいたんだなあ、と思いながらもがっちりと腕を合わせる。


 男と男の約束だ。絶対に果たす。


 絶対に生きて帰って、ダンドとの約束を果たす。




 ダンジョンの前には、もうだいぶ風化してしまった木の看板で『この下ダンジョン 注意』と書かれてあった。

 そしてすぐ隣には、石でできた階段。


 どうやらここがダンジョンの入り口らしい。気まぐれに閉じたり開いたりするという。


「案外、簡素なものだな」


 なんかもっと物々しく扉とかがあると思っていたが、そんなことはどうやらないらしい。

 まあそもそもダンジョン自体、この世界では嬉しいものでもなんでもないし、山のように存在するわけだから僕の価値観がこの世界に合っていないだけだ。


「ふぅ」


 階段を前にして、どうやら僕は緊張しているようだった。

 脚は小刻みに震えているし、よく口が乾く。


 しかしそれも、これから向かう先が魔物しかいない場所だということを考えると当たり前のことなのかもしれない。


 転生してから、まだ時間もない。

 魔物と戦うようになったのもつい最近のことだ。

 魔物との戦いにはまだ緊張を覚える。命をかける戦いというのは、そう簡単に慣れるものじゃない。


 そして、これまでに魔物と戦ってきたことはあっても、魔物しかいない場所というのは経験がない。


 それに地上と違い、光もあまりないだろう。

 環境は地上と地下では全然違う。

 見えない場所は恐怖が増長する。


 だがそれでも、同時に高揚している気持ちがあるのも、確かに感じていた。


 ダンジョンという未知。

 僕の知らないものが、そこにある。


 そこに足を踏み入れようとしているのだから、わくわくする気持ちも確かに存在するのだ。。


「よし、いくか」


 将来の僕の住まい、ダンジョンにいざ出陣!

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