5

力が爆発する。

 全身の血液が一気にめぐる感覚だ。

 頭の血管がいくつか切れたかもしれない。

 そう思うほど、体がカッと熱くなった。

 急激な体温の上昇で汗がふきだす。

 

 自分でもなにがなんだかよく分からないが、私は黒を持ち上げれている。不思議な感覚。あんなに重い重いと(心の中で)わめいていたのに。


 そこからは、まばたきの隙さえないほどあっという間の出来事で。


 私が抱き上げた黒を、ドジョウすくいの要領で大鍋に収める姉。


 つるりと鍋に滑り入ると、巨体がすっぽりとはまることにご満悦した黒。


 ――――静寂せいじゃくだ。


 三方とも、円満の静けさをみせた。


 私はエベレストを登り終えた達成感を得ていた。


 が、姉はそうじゃあないらしい。私の食品温度計を、国宝の巻物と同じくらい丁重に持ち出して、


「最後の仕上げね、みーさん」


ささやいた。


 危ない、もう少しで忘れてしまうところだった。

 

「それは、私がやる」


だから渡せといわんばかりに、指さす。


「今回だけよ」


なにがだ。私の食品温度計だろう。なら私が最優先だ。


 しぶる姉から食品温度計を奪い取り、まじまじと大鍋を見おろす。


 まるで大量の海苔のつくだ煮だ。


 よほど気に入ったのか、黒はニャンモナイトになって眠りだしていた。


 その、前脚と後脚とが重なる中央。乳児の小指の先くらいの隙間に、私は食品温度計の先端をもぐりこませた。


 するるるる。


 温度がちみちみと上がっていく。

 私のテンションもあがっていく。





 獣の如しうなり声が響きわたるのはこの数十秒後で、


 右手に大きな爪傷を受けるのは、さらに数秒先のことだった。

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