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 私は黒の巨体に手を添えた。


 しっとり、艶やかな毛なみ。日頃の美味しいご飯の成果がでている(私の毛繕いもだ)。


 そのまま手をベッドと体のさかい目に潜り込ませた。が、重い! 重すぎる! うっ血しそうだ! 顔に乗せている時とはまるで違う。これは漬け物石か?


 耐えきれず手を引っこ抜いた。時間差で掌に血がめぐる。むずがゆい。額には油汗がにじんでいた。


「やはり、みーさんでも無理か」

 

 姉は嫌味っぽく言った。


 真冬の早朝に起こしておきながら、この言いぐさ。腹にくる。


 私はムキになってもう一度試した。


 今度は大胆に。かつ迅速に。力を瞬間的に爆発させれば持ちあがるはずだ。


 ズズズッ!


「ぐるるるるるううううう」


 地響きの如しうなり声が、私の動きを止めた。


 まずい、黒が起きた!


頭の中で警告音ブザーが鳴り響く。


 どうすればいい? 黒のパンケーキよりもっちりした肉の下に私の両手は埋まっている。ガードできる体勢じゃあない。いとも簡単に爪の餌食えじきになるだろう。


 私は、先日黒を唇で毛繕いした際に噛みつかれてできた大きなかさぶたが残る下唇を舐めた。


 ゆっくり目玉だけをうごかし、姉に視線をおくる。指示をくれ。


 すると、彼女は何を勘違いしたのか、にじりよってきて小声でこう言った。


「すっ」


 姉が発したのは効果音だったが、私には理解できる。片手に持っていた大鍋を、この数秒間に両手で抱え直したことを、私は見逃さない。


 つまり、そういうことだ。


「わかった」


できるだけ声を絞って、うなずいた。


 両腕を、更に奥へとおしこむ。じわじわと、バレないように。ああ、未踏みとうの地だ。もう指先は感覚がない。


 黒はずっと私に凄みのある眼差しを向けている。尻尾がビタンビタンとはねていないから、そこまでは怒っていないハズだ。不意打ちを狙っているのかもしれないが。違うにかける。


 姉は慎重に、大鍋を傾けながら近づいた。そろりそろりと、呼吸も最小限に抑えている。あそこまでスローなら、猫の目には止まって映るだろう。


 いける。

 そう確信した瞬間、

 ばっ! と黒が右前脚を高くかかげた。

 ひっかくポーズだ!


 ああ駄目だ! おしまいだ! 二人とも爪で切り裂かれる!


「みーさん!」


 けして大きくない声で、姉は叫んだ。

 たった一言だが、冷静さを取り戻すには充分だ。


 山場はまさに、ここだ。

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