3


「みーさん、やはり起きていたわね」


姉はニタリと笑った。みーさん、とは私の愛称だ。



続けて、

「ここに手頃な鍋がある。しかし具がね、ないの。みーさん、どう思う?」


と、煮物用の大きい鍋をコンコン叩いた。


そうか、そのための大鍋か。温度計に気をとられ、分からなかった。


姉の目線の先には、丸まった猫。どっしりとベッドの中心を占領し、すやすやと熟睡している。

私は姉の意図に気づき、思わずふっ、とふきだす。


「どうする?」


姉はニタニタと口元を歪めた。


これは悪魔の囁きだ。猫好きなら、誰もが一度は間近でみたい、『ねこ鍋』。それをやろうというのだ。しかも通常より巨大な体をもつ、黒で。


もう一度いうけれど、黒は狂暴だ。メスとは思えないほど一撃が重く、大の男にだって飛びかかる。女王様のように扱わなかった、それだけでおキレなさるのだ。


 おまけに、姉は黒の機嫌を損ねるのがうまい。普段から、もて余す欲求のままに、ちょっかいをかけるから。


 この『ねこ鍋』なんて序の口。私の乳バンドが黒の腹巻きになっていたことは、記憶に新しい。


 姉は暫く、黒に近付くだけで噛みつかれていた。


その経験をふまえて尚、寝込みを襲おうというのだ。確実に、黒からの手酷い報復をうけるだろう。


しかし、人間とはかくもおろかな生き物である。予測がつくにもかかわらず、行動せずにはいられない。衝動イドが制御できない時があるのだ。


―――私も黒で『ねこ鍋』をつくりたい。

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