30 過去



 私は勘違いをしていた。ジーンの豹変を、彼自身の復讐のためだと思い込んでいた。


 少し考えればわかることだろうに。なぜ、なぜ私はその考えに及ばなかった? ジーンに裏切られてショックだった? 突き放されて悲しかった? もちろん理由の一つだ。けど違う。根本的に違う。


 私は、彼の不幸をわかった気でいたんだ。


 魔法が使えないという一つの不幸だけを知って、他のことなど知ろうともしないで、その不幸の先を勝手に想像して、彼の憎しみを知った気でいた。


 それは私が、幸せな頭でしか物事を考えていなかったから。


「俺がスラムに身を隠して三年、ジーンとメイアがやってきた」


「……っ」


 私が貴族街でのうのうと過ごしているとき、彼らは毎日を必死で生きていた。


「俺は事情を調べた。どうしてあいつらがこんなところにいるのかって。そこで知ったのは、ジーンが魔法を使えないということと、……あいつの父、ジョエル・マクレインがどうしようもないクズだということだ」


 確かに、ジョエルは厳しい父親として有名だった。しかし、見方によっては彼もまた被害者のはずだ。魔法が使えないジーンにショックを受け、妻を亡くしているのだから。


「そうか、もしかしたら、貴族内のほうが情報の規制が激しいのかもしれないな」


 私の表情を見て、兄がため息をつく。


「どういうことですか?」


「ジーンの母、リリアナさんが自殺したなんてのは真っ赤な嘘だ。彼女は殺されたんだ。ほかでもない、ジョエル・マクレインによって」


「――そんなっ!」


 そんなこと、信じられるわけがない。だって、ジョエル・マクレインが今の地位にいるのは家族を失ってなお、国王に尽くしたからだ。いくら何でも、地位と自分の家族をはかりにかけるなんて……。


「――っ」


 そう考えて、ありえなくはないと思い直す。そう、彼は家族を失って一年もたたないうちに再婚している。私はマクレインの家から出て行った母娘を思い出していた。


「頼るべき母を亡くし、父から逃げ隠れる。俺は二人をできる限り支援しようと考えた。少しでもまともな生活をできるように。でも、それがあだになった」


「あだ?」


「そう。スラムの住民が結託して、二人の情報を貴族に売ったんだ」


 結果はもう、火を見るより明らかだった。


「マクレインの暗殺者が、だまし討ちのようにしてメイアを殺した。自分が病人だと偽って、メイアの優しさに付け込んで、その首を切り落とした、らしい。ジーンが言っていた。『優しさは返ってくるものだから』と、メイアはそう言って、暗殺者を自分の家へ入れた」


「――その、言葉は」



 聞き覚えがあった。いや、それどころか、それは……。



「ああ。俺がお前に教え、お前がジーンとメイアに教えた言葉だ」


 そんな、でも……そんなこと、私には関係な――。



「――っ!」



 関係ないことがあるか……。確かに直接じゃない。私がこの手で殺したわけではない。でも、確かにこの口で言った言葉が、メイアを殺すきっかけを作った。もちろん、この言葉がなくても暗殺者はメイアを殺しただろう。でも、もしかしたら何か違う未来があったかもしれないじゃないか……。


「ジーンは……、この言葉を責めたことは一度もなかった。けれど、心のうちはわからない」


「じゃあ、私を殺そうとしたのは……」


 兄は静かにうなずいた。


「それだけじゃない。わかっていると思うが、完全適正者のお前は魔法の象徴だ。それだけでジーンがお前を狙うには十分すぎるし、国王にとっても、完全適正者は重要な存在だった」


 魔法そのものを憎んでいたジーンは、この国から魔法に関係するすべてを消し去ろうとしていた。ならば、王はもちろん、魔法の象徴である私を殺害するのはジーンにとって必須とも言える。ましてや、私は、メイアが死んだ理由に関わっているのだから。


 なるほど、確かに、私は彼の復讐にうってつけだ。


「母上を殺せば、お前の心も折れる。そうなれば、お前を殺すのはたやすい。対抗心を失くした者ほど、御しやすいものはないからな」


 そう言って、兄は口を閉じた。ジーンを放っておけないというのはこういうことだったらしい。


 正直に言って、納得はできない。けれど理解はした。彼の復讐も、変化も、そして私を殺そうとした理由も。でも、納得できないことが一つだけあった。


「……どうして、私は生きてるの……?」


 それだけが分からずに、私は兄に問う。たとえ王が魔族で、それが予想外だったとしても、魔族が私を必要としている事実は変わらない。なら、ジーンは私だけでも殺しておくはずだ。


「そうだね……実はそれだけは、俺もわからない」


 兄は少し考えるそぶりをしてからそう答えた。そうか、わからないのならば聞いても仕方がない。そう思い、私は兄から目をそらす。すると、兄は「ああ、でも」と言葉をつづけた。


「もしかしたら、だけど。あいつは、俺たちが思うほど変わってないのかもしれない」


 そういう兄は、自分で言いながら、そうであってほしいと願っているようにも見えた。復讐で、私と母を殺し、この国を、魔法を殺す。そんな考えをするジーンを見て、私は「昔と変わっていない」だなんてちっとも思えない。だけど、兄にはまた違う彼の姿が見えているのかもしれない。



 もしそうなら、私は……。



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