26 偽物



『構わん、ジョシュア、そいつから殺せ』


 最後の魔族、我が王の言葉で傀儡騎士のジョシュアは再び動き出した。その動きは長年の鍛錬を積んできた私から見ても超一流。出来損ないなどに後れを取るとは到底思えない。


『ジョエルよ。アレはお前が出した出来損ないではなかったか?』


 我が王からお声をいただく。しかし、その言葉に私は肝を冷やした。


「は、はは! 確かによく似ております。が、あれは出来損ない。あんな動きをし、ましてや王宮に攻め込んでくるなど……」


 思いもしなかった、が、現実は今起きている通りだ。なんとか挽回せねばなるまい。でなければ、王に出来損ないとして殺されるのは――私だ。


「か、仮にそうだったとしても、アレには魔法が使えません! ジョシュアの勝利は時間の問題かと」


『ふん、ならよいのだが……』


――っ! 王が私を疑っている。だが、アレの無能ぶりは王もその眼でご覧になったはずだ。魔力を授けたのは王ご本人なのだから。なのに、なぜ今になって私を疑う? なぜ今になって、あんな出来損ないを警戒する?


『ならば、アレをどう説明する』


「は……」


 目を向けると、出来損ないがジョシュアの魔法に吹き飛ばされるところだった。そうとも、これが魔法を使えるものとそうでない者との絶対的な差である。ジョシュアが勝つのは必ぜ……。


「んなあっ!」


 私は目を疑った。何故だ。何故魔法が使えない出来損ないが……。


「こんなものか? 魔族の人形」


 宙に浮いているのだ……!?







 ジョシュアを倒せたとしても、この場から脱出するのは難しい。あの魔族とまともにやり合おうなんて、とてもじゃないが思えない。ならどうするか……。


 この戦いを利用して、魔族を、そしてジョエルを騙す。使う魔法は移動や脱出が有利に進められる風魔法。その達人だという認識を与えられれば、脱出の目は格段に増える!


 ジョシュアの単純な爆破魔法に吹き飛ばされた俺は、その勢いを利用して後方に跳んだ。そしてローブに仕込んである道具を起動させる。ローブはひらひら、ぶかぶかとしていて接近戦では邪魔になることが多い。特に超接近戦を得意とする俺にとっては、はっきり言って無用だ。なのになぜ、常にローブを羽織っているのか。

 

 その答えがこれだ。


 俺は今、宙に浮いている。


 正確には、腕につけた特別製の糸を射出するアンカーで体を支えている。糸は魔力を練りこんだ特殊なものを使用しており、長さ、強度、弾性を調整できる。糸そのものはジョシュアの手作りだから、魔法が使えない状態の俺でもある程度は操れる。


 このほかにも、俺は体中に武器を、道具を仕込んでいる。ローブを着てシルエットをごまかしているのはそのためだ。

 

 天井に固定したアンカーから延びる糸を、少しずつ長くし、着地する。それと同時に糸とアンカーを分離させ、腕の装置に糸を巻き取らせる。これで奴らは、俺が魔法で跳躍し、魔法で着地したと思うだろう。宙に浮いている間は腕力だけで体勢を支えなければならないので筋肉の疲労が強い。そのため長時間は使えないが、相手に風魔法使いとして強いイメージを与えられる。


 あと必要なのは、揺さぶり。


 離れていた距離を詰め、俺とジョシュアは再び剣を交える。


「ジョシュアは、近衛騎士になったとたんに俺やアイーダと会わなくなった。仕事が忙しいのかと思ったが、その頃から、お前が『ジョシュア』をやっていたんだろう」


 剣戟の中で、俺は語り掛ける。だがジョシュアは当然、何の反応もしない。むしろ俺たちの戦いを見ているアイーダやジョエル、そして魔族の方が俺の話を聞いているくらいだ。


「五年だ」


「?」


 その数字に、ジョシュアが疑問の表情を浮かべる。


「お前が『ジョシュア』をやって、もう五年になる」


「――っ」


 人形であるはずのジョシュアが表情を変えた。そこに浮かぶのは動揺。そして同時に、俺の体に魔力が宿る。やはり、魔族の洗脳は完全なものではない。目の前のジョシュアには作られた存在としての使命だけでなく、今まで生きてきた分の記憶がある。それが洗脳を不完全なものにしている。


「ジョシュア」


 敢えて、俺は目の前の傀儡を『ジョシュア』と呼んだ。


「お前は、家族を殺すようなクズに成り下がるつもりか!」


「――ぐっ、あぁぁぁああッ!」


 苦しみ、うめく。だがその手に握る剣は離さない。奴の中にあるジョシュアとしての意識は確かに強いものだが、それでも魔族の、創造主の命令を完全に振り切れるほどの力は無いらしい。


「……ジーン」


 それでも、ジョシュアは頭を手で押さえながら、俺の名を口にした。


「ジィィィンっ!」


 それまでより数段素早い斬撃を放つジョシュア。


 その動きに創造主である魔族ですら『ほう』と声を漏らす。


 魔族の洗脳による身体操作。そして意思が自由になったことにより、動きの枷が外れたのだ。ジョシュアは自分の能力以上の剣を自分の力でふるい、けれど自分の意志では戦えない。そんなちぐはぐな状態に陥っている。


「そんなに俺を殺して、家族を手にかけたいか?」


「ふざけるな……そんなわけがあるか! だが、だが私は――!」


「安心しろよ」


 悔しさをにじませるジョシュアに、俺はあくまでも余裕という態度を崩さずに笑みを浮かべた。


「お前がどれだけ強くなっても、俺には勝てない。お前が、お前である限り……!」


 そして俺は、魔力を解放する。


 すでにジョエルと魔族が俺に対する認識を改めているのは確認済みだ。であれば、ジョシュアが意識を保ち続けている限り、俺はこの場において魔法使いになれる。


「――集え、」


 詠唱を始める。使える魔法は、風。


「我が力、我が憎しみを糧とし、顕現せよ。すべてを飲み込む災禍、酷烈なる嵐よ!」


「――っ!」


 詠唱を確認したジョシュアが――正確にはジョシュアを操る魔族が、俺に距離を取らせまいと、ただでさえ激しい攻撃をより険しく変化させる。この魔法は広範囲殲滅魔法。発動の瞬間に俺が距離をとると思っているのだろう。その判断は正しい。


「『轟嵐テンペスト』――」


 右腕から、破壊の魔法が溢れ出んと魔力が暴れ狂う。だがジョシュアとの距離はほぼゼロに等しい。ここで放てば自分も巻き添えだ。


 魔族が興味をなくしたように、ジョエルがあざ笑うように表情を変える。だが、俺の魔法はまだ、発動していない。




「――我が呼び声に応えよ、『邂逅エンカウント』‼」




 溢れる魔力が、轟嵐の渦が、右手に持つ剣に収束されていく。その光景に、ジョエルも、ジョシュアも、魔族までもが目を見開き、驚愕する。そして――その隙を見逃してやるほど、俺は優しくない。


 ジョシュアの剣と、嵐をまとう剣がぶつかる。


 金属同士のぶつかる硬質な音は――聞こえない。


 触れたその場所から、侵食するように嵐の剣がジョシュアの剣を切り裂いてゆく。そして、



 ――ざんっ、と。



 その音が聞こえたとき、ジョシュアの体はその剣もろとも切り裂かれていた。血も流れないほどの斬撃で切り飛ばされた腕が、空高く上がった。


 驚きに見開いていたジョシュアの目が、優しげに笑った。


「……君に感謝するのは癪だが、礼を言うよ、ジーン」


「……出来損ないのよしみだ」


「ありがとう、私を殺してくれて。私に――殺させないでくれて」


 ジョシュアは、すべてを諦めたように、あるいは全てをやり遂げたように、その目をつむった。


 ジョシュアは、俺とは違う。こいつは、殺されることで家族を守ることが出来た。こいつを殺せたことを、俺は――。



『情か、――くだらん』



「っ!?」


 ジョシュアがカッと目を見開く。その目はうつろなものに戻りきっていた。


「しまった!」


 不意を突かれ、自分の脇を抜かれる。そのまま背後を取られるかと思ったが、ジョシュアはそのまま突き進んだ。無事な左手で、落ちていた折れた剣をつかむ。その先には――。


「アイーダっ!」


 クイナの治癒に専念していたアイーダは、俺の声でようやく自分に迫っていた脅威に気づく。これでは、間に合わない。



 血に濡れた剣が、アイーダに迫る。



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