嚆矢の行先 Ⅴ


「……ギャイエ、これは何だと思う?」


 そう言って私は敵兵から奪った『拳銃』なる武器をギャイエに構える。

 使い方は何となく分かる。

 だからーーー


「はぁ? 子供の玩具ですか? まぁ、それにしては作りが精巧ーーー」


「不正解だ」


 引き金を一度、二度、三度と引く。

 ただそれだけなのに、ギャイエの胸元は真っ赤に染まっていた。


「がっ! ……っ」


 崩れ落ちるギャイエを見下しながら、再び彼に向かって『拳銃』の引き金を引く。


「なっ! アルベール卿!」


 喫驚し、声を荒げるミレーヌ。

 しかし、隣に立つウスターシュが、


「どうやらギャイエ男爵は敵から鹵獲した兵器を弄ったせいで、誤って自らを撃ってしまったらしいですな」


 と冷静に述べるのであった。

 流石は三十年来の友人である。


「はぁ!? 貴様、何を言っている?」


「そのようだ。 まったく勝手に触るから、困ったものだ」


 私もウスターシュに話を合わせる。

 ーーーもっとも、既に腹の中は決まっているのだがな。


「……ウスターシュ、アルベール卿。 貴様ら、自分達が何をやったのか理解しているのか! ギャイエ男爵は有力貴族共との繋がりが深い。 流石の私でも庇いきれんぞ!」


 どうやらこんな状況でも王女殿下は我々の事を考えてくれているようだった。

 しかしーーー


「姫様、私は今、決心いたしました」


「……何をだ? こんな状況で」


 おそらくミレーヌはこれから述べる事を悟ったのだろう。

 冷や汗が頬を伝い、顔が強張っていた。

 無理もない、これは彼女も無関係ではいられない話なのだ。


「こんな状況だからですよ。 それが何かは言わせないでもらいたい。 この状況を見れば聡明な貴方であればお分かりでしょう?」


「……卿の気持ちは分かる。 ……だが……」


「おそらく、我々は時世に乗り遅れたのです」


「時世だと?」


「ーーー過去の歴史を遡れば、一つの王朝が永劫に続くなんてことはありえないのは確かでしょう。 現在キネロ王国の王家であるシュペルヴィエル家は六百年もの間、この土地を支配してきた。 だが、それも潮時。 魔族という人類共通の敵がいるのにも関わらず、人同士の争いを止められずにいた旧体制は、人も魔族も全てを呑み込む新たな勢力の前にいつか屈するでしょう。 その時、呑み込む側にいるか、それとも屈する側にいるか、姫様はどちらをお選びになりますか? 少なくとも私は屈する側はもう二度と御免です」


「……はぁ。 卿の言いたいことは分かる。 私であっても、あの戦場に赴き、敵の力をまじまじと見せつけられたのだ。 我が王家、ひいては我が王国が彼らに万が一にも勝利する可能性は無いだろう。 だが、私はシュペルヴィエル王家の人間だ。 いくら何を言ったところでそれは変えようのない事実だ」


「その事実に如何程の価値がありましょうか?」


「酷いことを言うのだな卿は。 私に親兄弟を裏切れと言うのか?」


「少なくとも……私は王都に残した妻と娘を失う覚悟は出来ております」


「……馬鹿いえ。 私とてこの国を良くしたいと思わない日はないさ。 王宮に跋扈する有力貴族共をこの手で滅ぼしたいと何度思ったことか。 おそらく、私の縁談が決まるということはお父上の権力も既に形骸化してきているのだろう。 ……はぁ、既に私の心は決まっていたか」


「ではどうなされますか、姫様?」


「既に私の使い道は考えておるのだろう? でなければ、ギャイエ卿をこの場で殺したりしないはずだ」


「……何、難しいことではありませんよ。 穴倉に籠もって出てこない獣を餌でおびき寄せる、ただそれだけですよ」


「正直、貴様が何故、有力貴族共と渡り合えなかったのか疑問だ。 つまり、その餌は私なのだろう?」


 ーーー何故、敵である統合軍は圧倒的な武力を持つにも関わらず、この国を一気呵成に滅ぼさないのか。

 それこそ彼らの武力であれば、このキネロ王国だけでなく、隣国の大国ルーラクス王国までもが数日の内に陥落するだろう。

 しかし、彼らはそれをしようとはしない。

 これみよがしに王国内に要塞を築いたぐらいだ。


 それは、行えからではないか。


 現に敵の要塞に侵入した際に防衛していた敵は千名程度と聞いている。

 敵の武器の強大さを考えても防衛の為の最小限の人数と言わざるを得ないだろう。

 おそらく、が居ないのだ。

 占領し、統治するだけの人が。


 ならば、それを代わる者が現れたらどうなる。

 そしてその者達が統合軍と敵対する他の人類側諸王国のとなるのなら。

 彼らは本国との国境線での争いを嫌い、王国内に要塞を築いて新たな戦場を設定したほどだ。

 おそらく、我々の提案を呑むだろう。

 その際、我々の旗印が王宮に軟禁されているとしたらどうするか。

 想像に難くない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る