嚆矢の行先 Ⅳ
「これはこれはギャイエ男爵。 遠路遥々よくぞお越しで」
彼の名はウジェーヌ・フォン・ギャイエ男爵。
王宮を支配する腐敗した有力貴族の一端。
男爵であるにも関わらず、遥か昔に王家から分かれた家であるため、子爵である私よりも実質的に発言権があった。
「ふん、わざわざこの私が視察に訪れてみればなんたる様ですか。 貴方の王国への忠誠心を疑わざるを得ませんね」
「……ギャイエ、お前のその言い様は殿下の御前で失礼ではないのか」
第三王女であるミレーヌの前でのあまりに不遜な態度。
どうやら有力貴族達による腐敗政治は王権を徐々に侵略しつつあるらしい。
ーーーやはりこの国も終わりが近いか……。
「これはこれは、姫様もご機嫌麗しゅう。 おてんばが過ぎますと、臣下の信を無くしますぞ」
「ふん、言うようになったなギャイエ」
ミレーヌはどちらかと言うとこちら側。
有力貴族達とは一線を画していた。
そして彼らも彼女を快くは思ってはいなかった。
むしろ、軍事の才がある以上、厄介者だと思われていたはずだ。
どうせなら先の戦いで死んでくれていた方が彼らにとって好都合だったもかもしれない。
今回ミレーヌの出陣を後押ししたのは意外にも有力貴族達だった。
「これでも私は貴方の叔父となる人物ですよ。 少しは忠告に耳を傾けて下さると助かります」
「何を言っている、その求婚は断ったはずだ!」
「おやおや、未だにそのような。 殿下のお父上である国王陛下がご決定されたのですぞ。 それに異を唱えるとは困ったお方だ」
「なっ……父上がっ!?」
淡々と語るギャイエに激昂するミレーヌ。
一時期、ギャイエの義理の兄にあたるマズリエ公爵の息子であるフランシスとの間での婚約の話が上がったがそれは国王の一存で立ち消えたはず。
確かにミレーヌの二十歳という年齢を考えれば有力貴族の何処かに嫁いでいてもおかしくはない。
国王の後継者問題も第二王子であるオスヴァルドが皇太子、つまり次期国王となることに決定しており、解決済みだ。
彼女が未だに独り身でいる理由、それはひとえに可愛い娘を側に置いておきたいという国王の我儘だった。
それが翻意するということはおそらく、国王によっても抑えきれないほど有力貴族の力が増しているということだろう。
今回の討伐軍遠征も体のいい政敵となりうる貴族の粛正だ。
少なくとも我がバルバストル家やパラディール家などの伝統的に王家に忠誠を誓う貴族を消耗させたのは紛れもない事実だった。
しかし、それを知っていたとしても遠征は国王の命令、我々は逆らえるはずもなかった。
だからこそ有力貴族達は更に権力を得る。
国王の信の厚い、皇太子オスヴァルドの後ろ盾となり、王を傀儡とせんとする。
既にオスヴァルドを有力貴族が手中に入れた時点で我々弱小貴族は彼らに従うか、粛正されるかの二択しか残されていなかった。
そして、ついに彼らは我々の唯一の希望であった第三王女のミレーヌの手綱を握った。
それはキネロ国王が、その王としての実権を簒奪されつつあることを意味する。
「ーーーギャイエ卿、そこまでにしとけ。 別に卿はわざわざ嫌味を言いに王都からこちらに来るほど暇でもあるまい? 何のようだ?」
私は同世代の娘を持つ親としてミレーヌに助け舟を出さずにはいられなかった。
ーーーそして今後の身の振りは既に決していた。
「何のよう? これはこれは、国王陛下は賊軍の討伐の遅れに苛立っておられるようですよ」
ーーー賊軍か。
敵の統合軍とやらをどれだけ舐め腐っているのだ。
戦力比だけ考えれば賊はこちらでもおかしくはないというのに。
「現状は……お分かりいただけていないようだな。 外には今にも死にそうな将兵が転がっているというのに。 あれだけいた将兵が今や三万を切るのだぞ。 随分と卿のその瞳は節穴と思える」
「ふふ、酷い物言いですな。 兵を減らしたのは指揮官である貴方の不手際ではないのですか?」
「貴様の前で自己の責任を認めるのは遺憾ではある。 だが、どうやら王宮は敵の能力を侮っているように思える」
「いえいえ、そんなことはないはずです。 賊軍は弓よりも強力な魔道具を持っている。 そして敵の要塞に近寄るには多くの兵がいる、違いますか?」
「……ああ、その通りだ」
「なら王宮と現場の認識には相違はないでしょう。 私が言っているのは何故敵を攻めないのかと。 敵の増援が来たようですが今回の戦いでかなりの数の損害を出していると聞きます。 ちょうど今が攻め時では?」
口が達者で、政治の世界にばかり入れ込んでいる貴族達に用兵の何が分かるというのだ。
ーーー今が攻め時? 冗談じゃない。
「敵の援軍は強大だ。 以前の要塞守備隊とは比べものにならないほどの火力を持つ、『鉄の鳥』を有している。 先の戦闘ではそれによって二十万以上の将兵がほとんど一瞬にして溶けたのだ。 むしろ援軍が来て攻め時を失ったと言うべきだ」
そう文字通り溶けた。
敵の巻き起こす火炎は全てを飲み込み、まさにこの世の地獄を顕現させていた。
飲み込まれた者は姿形残さず、全てが灰になった。
あれには我々は対抗のしようがなかった。
「……はぁ、何を弱気なことを。 このフーレン川下流周辺の地域には大体二十万ほどの人口がいると聞きます。 川の中流地域にも動員をかければ四十万は動員できるでしょう」
「……それは兵士でない者の数だ。 いくら兵士にするとしてもそれなりの期間は必要だ」
それにそれは女子供や老人も含んだ数だ。
彼らには戦いようがない。
それに、
「どうせ弾除けに万の人員を必要とするのならば、それは兵士でなくとも問題はないでしょう?」
「……貴様正気か?」
兵士でない者、民間人を犠牲にするのはもう金輪際まっぴら御免だった。
ーーー何故守るべき者達を犠牲にするのだ。
「なぁに、敵の弾除けとなる臣民など、この国にはあぶれるほどいますとも。 それこそ王国内の全ての地域に動員をかければ今回の倍の百万を超える軍勢を直ぐにでも掻き集められます」
「それは軍勢とは言わん。 ……狂っている、狂っているな。 何の為の戦いだ! これは国の為、臣民の為の戦いではないのか!」
先の戦いで有力貴族肝入りの魔術師達が民間人を魔法の生贄に使ったことといい、彼らは王国臣民を何だと考えているのだ。
まさに狂っている、そうとしか言いようはなかった。
「……はぁ、これだから教養のない貴族は」
ため息一つ。
ギャイエは冷たく濁った眼差しで私を見下した。
「っ! なんだと!」
「決まっているではありませんか、国の為、もちろんですとも。 それつまり国王陛下の為で御座います。 領土を侵され、心を痛まれておられる殿下の為に臣民が命を賭すなど当たり前ではありませんか」
「……はぁ、どうやら貴様とは話にならんな。 いや、お前らと言うべきか」
流石に本心ではないだろう。
本心であるならば余程の馬鹿としか言いようがない。
誰が見たこともない王の為に死ぬというのだ。
どこもかしこも腐敗した領主達に重い税、自らの自由すらも奪われた領民がその頭取の為に命を賭すはずはない。
しかし、有力貴族達の建前はそうなのだろう。
敵を前に風前の灯火のはずの権力を維持する為に彼らは何でもやる、という事だろう。
ーーーそろそろ潮時なのかもしれない。
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