嚆矢の行先 Ⅰ

 

 ーーー現実は残酷だった。


 俺が率いていた第三十二独立歩兵中隊は解体。

 残兵は本人達の希望により前線又は後方勤務を選べるようにするとのことだが、あの激しい戦闘の後だ。

 それにもう原隊はない。

 おそらく、前線に戻る者はほとんどいないだろう。

 そして、俺は所属が作戦本部から参謀本部へ変更となり、階級も少佐へと昇進した。


 だが、『夜明けの乙女』作戦への強制参加が決定し、しかも重要な四つの作戦を任されることになってしまった。


 ーーーどうやら参謀本部は俺のことを過大評価しているらしい。


 正直、『夜明けの乙女』作戦の原案は作成したものの、その内容には大幅に修正が加えられており、大して俺の功績は高くは無かった。


 『夜明けの乙女』作戦の主な戦略目的は北方戦線の大国、キネロ王国及びそれに隣接するルーラクス王国の社会的混乱に基づく国力低下だ。

 先ず、対キネロ王国への作戦としては重要なのは五つ。

 キネロ王国軍の主要軍事施設の破壊、反体制派への軍事支援、主要王族の暗殺、隣国イズーラ公国のキネロ王国侵攻の誘引、そして第三王女ミレーヌを人質として確保することだった。

 これによりキネロ王国は国内及び国外の敵に対処せざるを得なくなり、独立都市『東京』へ侵攻する余力を無くす。


 そして、反体制派、キネロ王国よりも圧倒的に国力の劣るイズーラ公国、キネロ王国軍の戦力を均一にする事でその三すくみ状態を長引かせるのが狙いだった。

 加えて、ミレーヌ以外の王族を殺害することでキネロ国王の唯一の後継者である彼女の人質としての価値を高めるということが計画されている。


 一方、キネロ王国の隣国であるルーラクス王国については、反体制派への支援及び反体制派が支持する第一王女の保護、もとい拉致を行う予定だ。


 既にルーラクス王国では国王が崩御し、その子供達による政権争いが勃発しており、国内の社会的混乱という条件は満たす。

 しかし、その中でも圧倒的に優勢なのがキネロ王国との繋がりのある第一王子のヴェイセルの勢力だった。


 実質的に政権を握っているといっても過言が無いほど彼の勢力は強大だった。

 もし彼が国内情勢を落ち着ければキネロ王国軍を支援する可能性が高く、キネロ王国内の三すくみ状態が解消されてしまうおそれがある。


 その為我々統合軍は政争から第一王女を遠ざけ保護している辺境の領主アスピヴァーラ男爵を支援することが決定した。

 情報部の調べたところによると、男爵は第一王子のヴェイセルと真っ向から敵対はしていないものの、ヴェイセル側からの妹である第一王女アストリッドの度重なる引渡し要求を断っているという。


 ーーー彼らの衝突は時間の問題だった。

 アスピヴァーラ男爵は所領も少なく、保有する兵も少ないが、過去に度重なる魔王国への出兵を促していたキネロ王国に対して懐疑的であり、また、かなり頭の切れる人物らしく統合軍が支援するには適任だと参謀本部は判断している。

 個人的には飼い犬に手を噛まれないように祈るばかりである。

 もう裏切りは御免だった。


 ーーーで、だ。

 俺が担当する作戦というのが、キネロ王国内では反体制派の支援及び第三王女のミレーヌの拉致だ。

 まぁ、この指示は俺がミレーヌと面識があるからなのだろう。

 とりあえずは納得できる。


 そしてルーラクス王国で担当する作戦もほとんど同じだった。

 実質的に反体制派となってしまったアスピヴァーラ男爵を支援しに行けというのはまだ分かる。

 だが、彼らが保護するアストリッド王女を保護という名目で拉致しろというのは如何なものか。


 ーーー参謀本部は俺をプロの人攫いか何かと勘違いしているのだろうか。

 少なくとも将兵達の肴になる新たな伝説が築かれるのは明らかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る