終わりの始まり Ⅲ
「勘違いするなよ。 俺にとってお前ら二人は可愛い後輩だ。 別に彼女のことを悲しんでいない訳ではないんだ。 いや……むしろお前に当たっているのは俺の方か。 すまん、忘れてくれ」
「いえ、悪いのは俺ですから」
そう、俺なのだ。
好きであれば、それを自覚した時点で伝えれば良かったのだ。
それが出来ていれば今回の戦いに彼女を巻き込むようなことはなかったかもしれない。
恥ずかしさ、なんてどうでもいい感情で俺は彼女を危険にさらした。
ーーーあぁ、俺はなんて愚かなのだ。
「……後で上等な酒でも用意してやる。 とりあえずは本題についてだ。 ーーー先程話したように奴らの技術提供で帝国は大幅な近代化をしつつある。 統合軍としては帝国を未だ技術的優位がある内に潰したい考えだ。 それも今までのような局地戦ではなく、大規模攻勢でな。 なので上層部は南方戦線以外の戦線の拡大の中止を決定した」
「だとすると、この北方戦線も例外ではないということですね」
「そうだこの北方戦線も戦線の拡大はしない。 そして北方よりも南方の帝国と交流を持ちやすい西方、東方戦線により多くのリソースを割きたいと思っている。 ようは北方にあまり兵を置きたくはないんだ。 だが、同時に上層部は今回の戦いで使われた敵の『呪術』攻撃を脅威と感じている。 そのため、北方戦線で対峙する複数の国家を一気に社会的混乱に陥れる大規模な軍事作戦『夜明けの乙女』を二ヶ月後に決行する予定だ」
「『夜明けの乙女』……ようするに平和によってではなく、敵国の混乱によって防衛の負担を軽くするということでしょうか?」
「そうだ、流石だな。 北方の周辺諸国を社会的混乱に陥れ、統合軍と戦えなくする狙いだ。 それが出来れば北方に置く兵数は少なくても済むという算段だ」
「……この作戦……」
どこかで見覚え、いや、これはーーー
「ようやく気づいたかヤン・ウェンリー。 この作戦の原題は『北方動乱における面防衛の緩和』という論文、つまりお前さんがここに来る前に作戦本部に提出したものだ」
そう、それは俺がこのキネロ要塞に赴任する前、西方戦線の司令部にいた時に書いたものだった。
補充した新兵が多く、訓練に明け暮れる日々。
しかし、直接訓練で指示を出すのは副隊長であるエミリーや西部のとっつぁん、鬼軍曹のチェスなどであり、俺が介入する余地は無かった。
そのため、サボられていると言われないように作戦本部に提出する論文を書いたのだった。
ちょうど北方戦線への転属が近いという噂があったので北方戦線を題材としたのだがーーー
「……しかし、アレは……何というかですね……実際に行えるものでは……」
ーーー適当だった。
そもそも作戦本部が一現場指揮官の書いた論文なんてまともに取り合うはずがないし、批判逃れのための暇つぶしに書いた論文だったため、過激だったり、倫理的な問題のある作戦を多く提案していた。
いわば、ファンタジー。
実現性に乏しい、いや確実性が乏しい計画だった。
「それは分かっているさ。 俺も読んだからな。 だが、上層部、特に参謀本部はそれを気に入ったらしい。 本部のエリート共をかき集めてお前さんの論文を実現可能なレベルまで詰めて『夜明けの乙女』作戦なるものを立案した」
「……上も随分とお暇なようで……」
「……まぁな。 だから、上層部としてはお前が敵の姫様をみすみす見逃したことにお怒りだ。 意味は分かるな?」
「人質ということでしょう。 ……はぁ、ただ現場を丸く収めるには個人的にアレが一番だと思っただけです」
そもそも単にあの第三王女ミレーヌを捕らえるだけではキネロ王国の社会的混乱という面ではあまり効果はないだろう。
王族を捕らえる、それは適切なタイミングで適切な相手の前でやらなければ効果が薄い。
先の戦闘でミレーヌを捕らえたら、キネロ王国はその奪還に国力のほとんどをつぎ込む可能性があるし、国内の団結を促すことになりかねない。
作戦のキーマンとなる国内の反体制派すらも敵に回してしまう恐れもあった。
それを俺なんかよりも頭のいい奴らの集まりの参謀本部が望むのだろうか。
「いや、何故愛の逃避行をしなかったんだ、ってな。 本国でも随分とお前さんは人気者だ」
「参謀本部を挙げての茶化しは心臓に悪いのでやめて欲しいのですが……」
「まぁ、それだけ愛されてると思えば悪いもんでもないだろ?」
「いやですよ、伏魔殿のような参謀本部に愛されるなんて。 作戦本部の保護を希望します」
「残念だったな。 吾妻新太郎少佐。 既に君は籠の中の鳥だ」
そう言って瀬尾は何か小さい物を俺に向かって投げた。
「……少佐?」
それをキャッチした右手の掌を開いてみるとそこには星一つに二重線の階級章。
これはーーー
「ようこそ高級将校の世界へ。 残念だが我々作戦本部には君に対する指揮権限がない。 ……本当に残念だ」
笑いそうなのを我慢しながら真面目に語る瀬尾。
あぁ、この人はこういう時に本気で面白がるからタチが悪い。
まったくもって先輩運というものが無いと言えるだろう。
「……それは……マジですか……」
彼の言っている事が本当であれば俺はーーー
ちょうどその時、『吾妻少佐、参謀本部から通信での呼び出しです! 至急、臨時司令室にお越し下さい!』といきなり天幕に入ってきた若い兵士が告げる。
ーーーあぁ、どうやら逃げ場はなさそうだった。
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