終わりの始まり Ⅱ
武器庫代わり設置されたテントの中で一つ、また一つ弾をマガジンに詰める度に思う。
この9mmパラベラム弾で脳幹を撃ちぬけば、どれほどの時間で楽になれるのかと。
一秒、いや二秒、それとも三十秒や一分はかかるのだろうか。
ーーーそんなどうしようもない事を考えていた時だった。
「おいおい、シケた面してんなぁ吾妻?」
そう気怠げに話しかけてきたのはここにいるはずのない見知った顔の将校だった。
「……瀬尾大佐……何故ここに?」
彼の名は
統合軍の大佐であり、大学時代のゼミの先輩でもあった。
軍のエリートコースを進む彼は本国『東京』にある統合軍作戦本部で兵站部門を担当している。
滅多に戦場に出るような職務ではなかったはずなのだが。
「まぁな、随分とこの基地はやられたみたいだからな、補修、いや改築と言ったところか」
「改築……? 予算や人員の規模から考えて本部がこの北方戦線にこれ以上のリソースを割くのは難しいはずでは?」
既に統合軍は東西南北、独立都市『東京』及び魔王国の四方に展開してた。
その中でも強大な帝国と対峙し、侵攻作戦を行う南方戦線に軍のリソースの大半を注いでいた。
一方、このキネロ王国と対峙する北方戦線は戦略上攻勢に出ることはあまり考えておらず、物資や人員が最低限の水準に留まっていた。
「そういう鋭いところがいけ好かねぇんだよ。 はぁ……お前さんは敵国の姫様とメロドラマをやってる方がお似合いだ」
「聞いていたんですか。 ……まったく趣味の悪い」
「んにゃ、師団の将兵達がもっぱらその噂で盛り上がってたからな。 相手の姫さまも満更でもなかったんだろ? そのままくっ付いてクーデターでも起こせば簡単に傀儡政権の出来上がりだ」
「……俺が統合軍や『東京』の指示に従うとでも?」
「……まぁ、お前の性格じゃ……はぁ、無理だろうな。 くだらない話はもうここまでにしよう。 本題に入ろうじゃないか」
どこか気になる瀬尾の含みのある言い方。
長年の付き合いではあるが、大抵こういう場合は良くないことが俺に降りかかるのだった。
正直、勘弁してほしい。
「本題?」
「あぁ、そうだ。 俺がここに来た目的って奴だ。 ……南方戦線が随分と焦げ付いていてな」
「南方……やはり帝国が?」
南方戦線で対峙する帝国は人類側諸王国の中でもとりわけ強大な軍事力、経済力、人口を誇っていた。
しかも国内では魔法技術だけでなく、科学の芽のようなものが出始めていると聞いている。
技術的格差で他国を圧倒する『東京』としては、なるべく早く、技術水準が発達する前に帝国を手中に収めまいとしていた。
「ああ、そうだ。 既に前線にはマスケット銃や原始的な大砲多く配備されている。 まだ技術力の差は歴然だが、攻めるのにこちらも無傷とまでは言えない。 現に少なくない死者を出しているし、奴らの技術供与が明らかだ」
「奴らですか。 まさか今回の件も……」
奴ら、それは元々『東京』で活動していたCIAの諜報員達と在日米軍の一部が結託したテロ組織である。
彼らは母国の存在しない異世界に放り出されたというのに、『東京』には従属せず、母国の利権の為に暗躍していた。
母国がこの世界に来たるべき日の為に、『東京』にこの世界の覇権を握らせないのが彼らの目的だった。
彼らは手段を選ばず、そこに民間人や仲間が居ようとも関係なかった。
現に同僚のエミリー・アッシュフィールドは彼らが起こした在日米軍基地爆破事件で両親を亡くしていた。
今回の戦闘ではサヴィーノという内通者がいた。
キネロ王国側が独自に統合軍の中に潜り込ませたとは考え難い。
誰かが手助けしたことは明らかだった。
「もちろんその筋で情報部が探っている。 身内に爆弾を抱えたままじゃまともに戦えんからな。 彼らも躍起になって調査してるさ」
「それは……ありがたいですね」
「思ってもない事を言うな。 理由はどうであれ彼女を統合軍に入れたのは情報部のミスだ。 俺達は奴らのケツを蹴っ飛ばしてやればいい、それだけだ」
「……ははっ、大佐らしい」
「随分とやられたな。 やはりエミリーか?」
どうやら笑顔に力がなかったらしい。
十年来の先輩後輩関係である瀬尾には通用しなかった。
一気に核心を突かれた俺は動揺を隠せない。
「いえ、その……」
吃る口元。
ーーーあぁ、俺は本当に。
「……はぁ、正直に言おう。 別に俺はお前を責めるつもりは無いが、お前ならアイツを前線から退かせるチャンスはいくらでもあったはずだ。 それこそ、アイツを嫁にとって、子供でも孕ませればいくらアイツとて後方に下がらざるを得ないだろう。 それにお前の給料であれば、アイツに専業主婦をやらせてもどうにか上手くいくはずだっただろう」
「……えぇ、おっしゃる通りです。 結局、腐れ縁だの、上司と部下だの、同じ部隊の隊員だの、互いに一歩を踏み出せない壁を作ってしまった俺が悪いんです。 ……もちろん、後悔してますよ。 無理矢理にでも、彼女をーーー」
彼の言うアイツ、それは同僚のエミリー・アッシュフィールドの事だった。
現在行方不明中の彼女は、俺の大学の同期であり、士官学校の同期であり、任官後も同じ部隊の同僚だった。
そして、俺の……愛する人であった。
大切なものはいつも失ってから気づくのだ。
それこそ『東京』がこの世界に転移してから、ほぼずっと同じカテゴリーで過ごしてきた彼女は友人であり、腐れ縁。
気兼ねなく様々な事を打ち明けられる仲であり、それこそ阿吽の呼吸の信頼関係もあった。
ーーーおそらく、互いに思っていたはずだ。
このまま行けば近いうちに『結婚』でもするのだろうと。
互いの好意は明らかだった。
そして既に夫婦に近い関係でもあった。
なのにーーー
何か、誰かが背中を押してくれるのを待っていた。
今まで過ごしてきた、友人、同僚そして腐れ縁という仲を自ら破壊するのはどこか小っ恥ずかしかった。
だからーーー
後悔の炎は俺をじわじわと焼き尽くす。
戦場での行方不明、それも若い女性兵士。
しかも敵は国際法も倫理観もないような文明レベルの兵士達だ。
仮に生きていても酷い暴行を受けていることは明らかだった。
もしも彼女が殺してくれと言ったら俺はーーー
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