終わりの始まり Ⅰ
もしもこの世界に神がいるのならば、何故こんな醜い世界を作ったのだろうか。
人類史、それも有史以来人は何故こんなにも争い続けるのだろうか。
ーーーきっと誰も答えてくれないのは分かっている。
せめて、この拳をふりを下ろす先を示してはくれないだろうか。
「ーーー西部耕三中尉、田中六郎少尉、井上祐哉少尉、クストディア・マリアーノ少尉以下百四十名死亡。 エミリー・アッシュフィールド中尉、高村軍曹以下三名行方不明。 ジルド・マドリガル少尉以下四十名が負傷。 軽傷または無傷の者は我々を含めて十七名です」
副官のセラフィナが淡々と俺に報告する。
既に戦闘が終結して三時間が経過しようとしていた。
応援に来た第八師団の隊員達の手により、多くの負傷者、そして遺体の収容が完了しつつあった。
戦闘の結果だけ言えば我が軍の勝利である。
だが、俺が率いていた第三十二独立歩兵中隊はほぼ全滅だった。
兵士も将校もあまりに失いすぎた。
ーーー正直、もうどうしていいのかわからなかった。
そして、元々リーズ要塞を守備していた第二十九独立歩兵大隊も同じような損耗率だった。
千名が配備されていた大隊はその内、八百名が死亡した。
残りは全て負傷者であり無傷の者はほとんどいなかった。
「……そうか」
俺は破壊されたリーズ要塞の防壁にもたれながら西の空に落ちていく夕日をただただ眺めていた。
ほんの一、二時間の出来事だ。
指示の判断ミス、それも目立ったものは無いはずだった。
ーーーわかっている。
これはいわば巻き込まれって奴だ。
そもそも投入される場所、状況が悪かった。
客観的に見ても良くやったと言えるだろう。
しかしーーー
この後味の悪さだけは忘れられない。
「なお、防壁や武器庫などの爆発の主犯はあのマグダ・サヴィーノ准尉だそうです。 理由は未だに分かりませんが、ジルドやベラスコ曹長を撃ったのも彼女だと」
「まさか彼女がな……」
「……ええ、流石に気付くことは難しかったでしょう。 裏切りに気づいたリンメル大尉が彼女を射殺したとの事です」
初めて彼女に会った際に机の下に隠れていたのはおそらく爆薬でも仕掛けていたのだろう。
そして彼女の演技も完璧だった。
まさかあの弱気で常にオドオドした新任将校が裏切るとは誰もが思うまい。
この場合、状況的には手遅れではあったがリンメルは良くやったと言えるだろう。
少なくとも俺は何も出来なかったのだから。
「大尉……」
「少尉、君は次の便で帰国しろ」
「しかし、まだこちらでもやる事が……」
「向こうで部隊をまとめる将校が一人は必要だ。 行方不明者もいるんだ、奴らを放って俺が帰るわけにはいかないだろう。 ……それにジルドのこともある。 親だったら子供の側にいてやれ、こんな仕事をしているんだ、いつまで側にいれるか分からないからな……」
それに彼女もひどい顔をしていた。
仲間だけでなく、子供まで失いかけたのだ。
しかも、その息子のジルドは現在意識不明の重体だという。
彼女を帰さないわけにはいかなかった。
「……ありがとうございます。 ……大尉、実は私……少しホッとしているんです」
「ホッとしている?」
「はい、正直ジルドが軍に入るのは反対でした。 特に魔王国出身の者は前線勤務を命じられる事が多いですから」
未だに平和な社会で育ってきた元日本人には戦争というものに抵抗がある。
この世界で生き残る為に必要なのにも関わらず、理想に殉じて自ら死を選ぶ人がいるほどだ。
それ故、戦地には行きたがらないし、そもそも志願者の数が少なかった。
『東京』出身の者で入隊している者は、転移後の社会的混乱で行き場を無くした人達がほとんどであった。
一方の魔王国出身者は人類側諸王国との長い戦いの中にあったわけで、戦争というものが日常だった。
そして日本のような高度な倫理観や平和主義を唱える者は少なく、戦場での死というものを受け入れることに抵抗はあまりなかった。
それこそ旧時代の兵器を使っていた頃には今以上の死者を出していたわけであり、その頃と比べると戦場に出ることの抵抗感を昔よりも感じないといった者達が多かった。
加えて、統合軍へ入隊すれば学がない者でも教育が受けられるということもあり、志願者は魔王軍時代と比べると数倍近くまで膨れ上がっている。
「……まぁ、嫌な世の中だな」
それに統合軍内での権力関係は圧倒的に独立都市『東京』の方が上だ。
既に魔王国は実質的に独立都市『東京』の属国と成り下がっていた。
そのため、独立都市『東京』出身の者が優遇されるのも無理はない。
まぁ、今はそれでも上手くいっているが、いつかどこかでこの歪みが問題を起こすのは時間の問題だろう。
その時に俺はーーー
「ーーーはい。 正直、ジルドが左腕を失った時は卒倒しそうになりました。 でも……もう戦場に出なくていいんだと思うと……どこかホッとして……。 私、何かおかしいんでしょうか?」
「いや、セラフィナ、君は正常だ。 俺も同じ立場だったなら……そう思ったに違いない」
それは歪んだ思いなのかも知れない。
だが大切な人の命に代えられるものは無かった。
「ありがとうございます。 ……では私はこれで。 引き継ぎをチェス軍曹にお願いしてきます」
涙ぐむセラフィナはその顔を見せまいと踵を返した。
ーーー彼女も限界だったのだろう。
「……いい、チェスも同じ便で帰国させろ。 随分とコキ使ったからな、休むべきだ」
どんな屈強な兵士でもあの戦いを経験すれば、休息が必要なのは明らかだった。
既に肉体も心もボロボロだろう。
それはいくら鬼軍曹と呼ばれるような男でも変わりない。
人は誰であれ脆いのだ。
「しかし、それでは隊長を補佐する隊員が……」
「こんな俺でも副官時代があったんだ。 大抵のことは一人で出来るさ。 それに元々、第八師団を頼るつもりだったから問題はないさ」
既にリーズ要塞の引き継ぎは終えており、残すは行方不明者の捜索だった。
現在、リーズ要塞を管理する第八師団がそれを行なっているが状況は芳しくはないらしい。
オブザーバーという形か、それとも兵を借りるという形になるのかは分からないが、俺も休息を取り次第彼らに合流するつもりだった。
「……では、師団の方に掛け合っておきます」
「それは助かる。 ……下がっていいぞ、少尉」
「了解です。 ……大尉、……お元気で」
おそらく、セラフィナはすぐには部隊に復帰することはないだろう。
そもそも、戻って来ないかもしれない。
ジルドがいたから彼女は統合軍に入ったのだ。
また逆もしかり。
再び踵を返すセラフィナはどこか哀愁を帯びており、かける言葉は見つからなかった。
「……あぁ」
茜色に染まる秋空に消えていくその言葉は、堪えきれない思いが漏れ出すようだった。
ーーー俺も……疲れたな。
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