Point of No Return Ⅺ
『こちらロメロ1、吾妻大尉か? すまない、かなり待たせた。 野暮かもしれんが至急敵と離れろ、要塞内の敵を殲滅する』
甘い時間は唐突に終わりを告げる。
バリバリと重低音をかき鳴らし、二機の攻撃ヘリコプターが頭上に到着する。
ーーー念願の援軍だった。
「なっ! 『鉄の鳥』だとっ!?」
どうやら彼女はヘリコプターに見覚えがあるらしかった。
何故か、俺を庇おうとする彼女。
ーーーはぁ、まったくもって吊り橋効果とは恐ろしいものである。
これでは敵を殲滅することは出来ないな。
「こちら吾妻。 ロメロ1、少し待て。 敵指揮官に撤退勧告を出す」
『了解だ、ジェームス・ディーン。 貴官の安いメロドラマを期待している』
俺のミレーヌの会話はインカムを通して既に筒抜けだった。
一応、状況が分かるように周辺の全ての統合軍兵士達に共有されている。
ただ、俺と彼女の会話はキネロ語、これを理解する将兵は少ないと思っていたんだが……。
「ミレーヌ、惜しいがここでお別れだ。 すまない、時間が来てしまった」
「なっ! アズマっ! 何をーーー」
「ロメロ1、一時の方向の建物の上半分をチェーンガンで狙ってくれ。 死者は出すなよ」
俺はインカムで上空に待機する攻撃ヘリに指示を出す。
スムーズに彼女達に撤退勧告を受け入れてもらう為には、『鉄の鳥』と呼ばれている攻撃ヘリコプターの威力を存分に知ってもらう必要がある。
『了解。 ガラス片での負傷者は許容してくれ』
「もちろんだ」
そうロメロ1は告げると、やや機体の方向を右に傾け、指示した建物に向かって装備するチェーンガンを発砲する。
もちろん、その下には敵の兵士達が多くいた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「逃げろっ! 逃げるんだぁ!」
「っあ! っ! 痛てぇよぉ!」
建物から崩れ落ちるガラス片や建築材の欠片が容赦なく彼らを襲った。
いたる所で響きわたる兵士達のうめき声。
『鉄の鳥』の威力を知るには十分だった。
「何を……何をしたんだアズマ、貴様っ!」
詰め寄り胸ぐらを掴むミレーヌ。
彼女は日本語はわからないものの、俺が指示を出したということは察したのだろう。
顔を真っ赤にしてどこか満更でもない困り顔だった彼女の顔が一人の指揮官のものに変わっていた。
「……すまんな。 キネロ王国将兵に告ぐ、直ちに撤退すれば命までは取らない! 即時撤退せよ!」
そう俺は周囲の兵士達にも聞こえるように大声で宣言する。
どこか後ろ髪引かれる思いもあるが、彼女と決別の時だった。
「なっ……神聖な決闘を侮辱するのかっ!」
「……援軍が来てしまった以上、味方を抑えられる時間は少ない。 ミレーヌ、君達の身の安全は保証する。 だから逃げてくれ、俺に君を傷つけさせないでくれっ!」
あくまで被害者ぶる言葉。
俺も吊り橋効果でだいぶやられたらしい。
まぁ、この場は情に訴えた方が彼女も決断が早く、後腐れもないだろう。
もう泥沼の戦争は懲り懲りだった。
「しかし……我々は……」
「ミレーヌ! ……頼む……」
ホルスターから抜いた拳銃を彼女に突きつけ、涙ながらの一世一代の迫真の演技をする。
流石に経験の浅い彼女でもこの状況ぐらいは理解出来るだろう。
馬鹿みたいに突撃を兵士に命令すれば、攻撃ヘリのチェーンガンで全ての兵士が肉塊へと変わる。
ーーーもう、いいだろう。
「ぐっ……わかった。 全軍撤退! 撤退だ!」
唇を噛み締め、撤退を決意したミレーヌは背後に控える兵士達にも聞こえるように大きな声で叫んだ。
「……ありがとう」
それは本心だった。
もう敵も味方もない。
ーーー十分だった。
「アズマ……。 またその日まで……戦場では相見えないことを願う」
踵を返す彼女の顔は見えなかったが、おそらく彼女も俺に対して多少の情は感じてくれたのだろう。
後ろ姿がどこか物悲しかった。
「……こちらもだ」
「総員、退けぇ! 負傷者には肩をかしてやれ! 装備は捨てても構わん。 なんとしても本陣まで撤退するぞ!」
そう言って王族でありながら、負傷兵に手を貸す彼女は気高かった。
一方、俺はーーー
「こちらリーズ要塞指揮官の吾妻大尉である。 リーズ要塞周辺に展開中の全ての部隊に告げる。 敵指揮官との合意により、敵部隊は撤退する。 撤退部隊への攻撃は許可できない。 繰り返すーーー」
真っ黒に汚れてしまったこの手はどこに伸ばせばいいのだろうか。
引き返せないほどの犠牲を抱えた俺はどこに行けばいいのか。
誰も答えてくれないのはわかっている。
だけどーーー
その手に握る彼女に返し忘れた指輪が何処か熱かった。
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