Point of No Return Ⅹ



「はぁぁぁぁぁっ!」


 一瞬で間合いを詰めるミレーヌ。

 振りかぶった彼女の動きをよく見て受け流そうと思ったが、


「っう!」


 その甘い考えを正される。

 ーーー直感だった。

 直感でヤバいと感じたのだ。

 だから急遽受け流すのをやめ全力で後ろに下がった。


 その華奢な体からどうやってそんなパワーが出るのか。

 そんな力任せとも言える一撃。

 なんとかかわすことは出来たが、その剣撃により発生した風圧で頬の薄皮が裂ける。

 ーーーこいつゴリラか!?


 剣撃の風圧で相手を怪我させるとか漫画かアニメのキャラクターかお前は。

 少なくとも彼女の剣撃をまともに喰らえば死ぬ。

 最悪、腰のホルスターの拳銃を使う必要がありそうだ。

 だか、


「はっ! ふっ!」


「っう! おっ! はっ!」


 どうやらその余裕は与えてくれないようだった。

 ーーー早い、早すぎる。


 何とかギリギリでかわすも、体の至る所に切り傷が広がっていく。

 そして、一騎討ちの趨勢が傾いているのが外からでも分かるのだろう。

 敵兵達の周囲が揺れ動くような重低音の歓声が響き渡る。

 一方、こちらの兵達はーーー


「隊長ぉーがんばれー」


「足止まってんぞー。 死ぬなー」


「……おー」


「あー王女可愛いぃ!」


「王女陛下、そのおみ足で踏んでくださいぁぁぁい!」


 適当だった。

 というかこの状況で敵を応援するんじゃない。

 それに気持ちは分かるがここは性癖を叫ぶ場ではない。


 まぁ、セラフィナの去り際にいつでも王女の頭を吹き飛ばせるように狙撃手の手配を命じているが、これはあんまりだった。

 合図一つで目の前の彼女の綺麗な顔が吹っ飛ぶことになるが、その合図自体この状況では中々出せない。

 しかも彼女は王族、個人的な躊躇いもあるが、殺してしまうと色々と政治的な理由で厄介だった。

 だからーーー


「ふっ! はっはっは! 面白い!」


 手に持つ剣を地面に突き刺し、不敵な笑みを浮かべる。

 結局、俺に出来るのは話術で言葉巧みに相手を戸惑わせることだけだった。

 不審に思ったミレーヌはバックステップで距離を取る。


「なっ! 貴様! どういうつもりだ!」


「どういうつもりも何も、ただどちらかが死ぬ前に言っておきたかったんだ。 君の剣術は素晴らしいと」


 ーーー技術というよりも、そのゴリラパワーがな。


「……何が言いたい?」


「別に他意はないさ。 ただ純粋に君を称賛したかった、それだけさ」


「なら続きをーーー」


「いや、少し待ってほしい。 君にもう一つ言っておきたい事がある。 死ぬ前に言う事じゃないからな」


「……そんなに大切な事なのか?」


「もちろんだ。 あー、そのだな。 私もこういうのは初めてなんで色々と緊張してしまうが……」


「なんだ早く言ってくれ! このままではらちが明かない」


 早く戦いたくてうずうずとするミレーヌ。

 ーーーこいつは戦闘狂か何かか。

 まぁ、いい。

 これはある意味一世一代の大勝負。

 そう、格好をつけるのが大事なのだ。


「ーーー私の嫁にならないか?」


「…………はぁぁぁぁぁ!?」


 一瞬、呆気にとられ驚愕するミレーヌ。

 無理もない、正直このような一騎討ちでは有り得ない展開だ。

 だが、だからこそ、この場では有効的な一打だった。

 別に俺達は彼女に勝つ必要も自力で追い返す必要もない。

 ただ時間を稼げればそれだけでよかった。

 既に時計はミレーヌに渡してしまってるから時間はわからないが援軍到着はもう間も無くだった。



「ふむ、言葉が間違っていた……か? 君のその気品溢れる所作や誇り高い心意気、素晴らしい武芸に惚れた。 こんな状況で何を言っていると言われるかもしれないが、俺と結婚しないか?」


「なな……何を言って……貴様! じ、自分の言っていることを理解しているのかっ!」


 顔を真っ赤にしてブンブンと意味もなく剣を振り回すミレーヌ。

 おそらくかなりの温室育ちなのか、こういう話には初心だと思われる。

 ーーーだったら攻める! 乙女ゲームの攻略キャラクターの如く。


「あぁ、もちろんだ。 この気持ちに偽りはない。 正直、君と出会ってまだ少ししか時間が経っていないが、運命を感じるんだ」


「うう、運命っ!? ちょ、ちょっと待て! わわ、私と貴様は敵同士だぞ!? 敵同士でそんな……」


 さらにブンブンと剣を振り回すミレーヌ。

 ーーーあ、すっぽ抜け、あぶねっ!

 彼女の手からすっぽ抜けた剣が俺の耳元をかする。


 ーーーお……おう、死ぬところだった。

 まったくもってゴリラである。

 だが、仕掛けてる側の俺は平静を保たねばならない。

 剣が飛んでこようが、芋けんぴが飛んでこようが絶対にNGを出せない役者なのだから。


 どうやら彼女の顔色は遠目に見ても真っ赤であることが分かるようだ。

 それにすっぽ抜け、いや、すっ飛ばした剣を見れば異常事態である事が明らかだった。

 先程まで歓声を上げていた兵士達が何事かとざわつき始める。


「敵同士か……。 そんなの愛の前にはどうだっていい。 そうだ、ミレーヌこっちに来ないか?」


 そう言って俺は隙だらけのミレーヌに近づき、両手を握りしめる。

 もう形容しようのないぐらい真っ赤な顔で涙目になっているミレーヌ。

 どうやら彼女には男性に対して免疫がないようだ。

 ーーーよしっ! もっと行こう!


「そっ! そんなのっ! こ、こちらの負けではないかっ! 承服しかねるっ!」


「なら、一緒にこの場を逃げ出すか?」


「む、無理だ。 これだけの兵がいて逃げられる訳もない……」


「じゃあ、いっそ私が率いてる兵と君が率いてる兵をまとめてこの要塞ごと、独立でもしようじゃないか。 幸い私は兵の信頼が厚い、それに君も王女だ、皆ついてきてくれるだろう」


「それは……無理だ、私は国を、父上を裏切れない……」


 段々と結婚する前提で話を進める。

 これはいわば吊り橋効果の影響なのだろうか。

 彼女もどこか満更でもない顔で、周囲を説得できない状況に思い悩む。

 正直、俺も内心ドキドキしてきて満更でもなくなってきた。

 だがーーー

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