Point of No Return Ⅸ



「我が名はミレーヌ・フォン・キネロ・シュペルヴィエル。 キネロ王国第三王女である。 貴官の望む一騎討ちを受け入れる!」


「俺の名前は吾妻新太郎。 この要塞の指揮官だ。 一騎討ちの受け入れ感謝する。 これでも私は武人。 敵指揮官と剣を合わせずに死ぬのは性に合わなくてな」


 ーーー嘘である。

 それっぽい雰囲気を醸し出しているだけである。

 しかし、


「ふむ、敵にも気骨のある奴がいるようだな。 気に入った! 条件はどうする?」


 馬鹿かこいつ。

 間に受けていらっしゃる。

 しかも、決闘の条件を相手に委ねるとか正気か。

 経験が浅いにも程があるだろうに。


 まぁ、この地獄の戦場を見て悲鳴一つ上げないのは評価するが、王女というだけあっていわゆる箱入りのボンボンなのだろう。

 他の兵士達の革鎧と比べると圧倒的に高そうなプレートアーマー、それも至る所に芸術的な金細工の装飾が施されており、まさに騎士であった。

 それに流れるような金色の髪の毛は優雅さを、凛々しい顔立ち気高さを感じさせていた。

 またスタイルもよく、『東京』であれば十分モデルとしても食っていけそうである。

 正直、俺が典型的な悪者であれば、負けたらお前は俺の嫁になれとでも言ってそうである。


 ーーーまぁ、それにしても、いいケツをしている。

 胸もいい感じに薄く好みである。

 一騎討ちの最中、もしかすると、もしかしたら偶然触れてしまうかもしれない。

 偶然……な。


「条件はそうだな……貴殿が勝てば我々は全面降伏しよう、反対に俺が勝てば貴殿の軍はこの要塞から撤退してもらう。 もちろん、その際に一切の危害を加えない事を約束しよう」


 しかし俺はこれでも一軍の将。

 個人の欲求よりも先ず先に部下達の安全を確保する必要があった。

 まぁ、相手の剣術の力量はどうであれ、交渉術は素人以下だと思われるので、上手く話術で時間を稼げればいいのだが……。


「ふむ……いいだろう! 皆の者! 私がこの一騎討ちで負けたら即座撤退だ! いいか?」


 即決で受け入れるとは。

 この姫、随分と豪胆である。

 兵士達からは『おお!』という歓声が響き渡る、

 一方、こちらは、


「まぁ、そのなんだ。 俺が負けたら全員、味方の援軍が来るまで遅滞攻撃に努めろ。 援軍さえくればこちらの勝ちだ。 後のことは全て次席指揮官のセラフィナ少尉に任せる」


 王女ミレーヌ以下の敵の将兵が『日本語』を理解できないことをいいことに決闘の条件を反故にする。

 こちらから提案はしているが、それに従う義理はこちらにはない。

 戦場では使えるものは全て使う。

 これは単なる時間稼ぎ、己の誇りなど既に何処かで捨てて犬にでも食わせている。


 どっと味方陣内で笑いが起こる。

 おそらく部下達も察したのだろう。

 まぁ、長く付き従ってくれた古参の兵達であれば俺の性格は重々承知だろう。

 ーーー俺は卑劣な奴なのだ。


「一つ確認だ姫さま。 おそらく高貴な身分である貴女がこのような一騎討ち、受けても大丈夫なのか? もっと他に適任がーーー」


「女だからと、王女だからと、侮辱するのかっ!」


 これまた豪奢な作りのスモールソードを俺に突きつける。

 どうやら彼女の怒らせてしまったらしい。


 ーーーこれは過去に何かあったな。

 まぁ、中世ヨーロッパレベルの文化水準の国だ。

 男女差別や身分的な問題とか色々とあるのだろう。


「いや、そういう訳じゃない。 これは命と命のやり取りだ。 一軍の将と一国の王女、命が釣り合わないのではないかと思ってな。 別に君を性別や身分で侮辱するわけではないさ」


「……そうか、すまない、ついカッとなってしまった。 許してほしい。 私は一国の王女である前に一人の騎士だ。 己の誇りを賭けた戦いに身分は関係ない。 私は貴殿の一騎討ちの申し出を受けた、それ以上の理由は必要か?」


「ーーーいや、必要ないさ」


「では!」


 剣を構えるミレーヌ。

 時計を確認すると味方の援軍が到着するまで残り八分といったところか。


 ーーーもう少し時間を稼ぎたい。

 そう思い俺はちょうど見ていた腕時計を外し、ミレーヌへ投げつけた。


「ちょっと待て、餞別だ。 受け取ってくれ」


 怪訝な表情でそれを受け取るミレーヌ。


「ん? ……何だこれは。 貴殿の国では一騎討ちの相手に餞別を渡すような文化があるのか?」


「あーまぁな。 勝てば相手からその物を回収できるってやつだ。 だから己の大事な物を相手に渡す。 今渡したのは親父の形見だ」


 ーーー嘘である。

 去年新宿の大手家電量販店で購入した一万程度の安物のアナログ時計である。

 そもそも何故今から殺す相手に餞別を渡すのか。

 でっち上げた架空の文化のお陰で少しは時間が稼げそうだった。


「……腕につけるアクセサリーか。 むぅ、異文化に入ってはその者達に倣えと言うからな。 ……んーそうだな惜しいが、貴殿にはこれを渡そう」


 どうやら腕時計というものは未だキネロ王国に普及されていないらしい。

 それに数字の表記の仕方も違うので無理もない。

 ーーーだからこそ価値を誤魔化せるのだろうが。

 彼女はどこか惜しがるように自分の右手にはめていた指輪を抜き取り、俺に投げた。


「……指輪……」


「亡き母の形見だ。 貴殿が父の形見を渡すのだ、釣り合いが取れないものでは申し訳ないからな」


 それを難なくキャッチするも。

 ーーー重い。

 どうやら実際の重量以上にとてつもなく重いものを貰ってしまった。

 まぁ、これが一騎討ちに勝つ自信の表れなのだろうが……。

 この姫サマ、絶対に詐欺に遭うタイプに違いない。


 一抹の心配と共に俺は剣を構える。

 そろそろ頃合いだろう。

 これ以上会話を引き伸ばせば、鈍いこの王女ですら時間稼ぎの意図を見抜くだろう。

 ーーーふぅ、やるか。


「……受け取った。 互いに譲れないものを賭けるからこそ勝負は華やかになる。 さぁ、そろそろ殺り合おうか」


「もちろんだ!」


 そう言ってミレーヌも剣を構える。

 互いの距離は約二メートルといったところか。

 勢いよく踏み込めば一瞬で距離を縮められる間合いだった。

 一騎討ちを見守る双方の兵士達。

 まるで息を呑むような、静寂。

 それは偶然にも転がった何かの金属音で終焉を迎えた。

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