Point of No Return Ⅶ
「しかしこの戦いはどう考えてもーーー」
「負け戦、それはよく分かっている。 まぁ、ようはどう上手く負けるか、だな」
大局を見れば少なくも我々には独立都市『東京』と魔王国の連合軍に勝つ術はない。
こちらは五十万以上の軍勢を率いてやっと敵の要塞を一つ落とせるのだ。
しかもそれを守る敵は万はいないという。
ーーーもし増援が来たら?
おそらく『鉄の鳥』に乗って大挙して押し寄せるだろう。
我々はなす術もなく『虐殺』されるに違いなかった。
「そこまで分かっていて……はぁ。 いえ、これ以上私が物を申すのもおこがましいですな」
「助かるウスターシュ。 まぁ、引き時の判断はやはり前線に総大将が行かねば務まらん。 そろそろあの要塞は落ちるのだろう?」
「……おそらくは。 既に敵を袋小路に追い詰めているとの報告があります」
「ならば重畳。 要塞を占領したことに浮かれる者ばかりでは被害が拡大するだけだからな。 撤退それが肝心だ」
この戦いはいわばキネロ王国のプライドがかかった戦いだ。
だからこそ完敗というのはありえない選択肢だ。
何も成果を得られずに帰れば先代の討伐軍の指揮官達や兵士達と同じように、現場を知らぬ王宮の者共に処断されてしまう。
だが幸い今回は敵要塞を落とす、という局地戦には勝利したという手土産が残る。
そのまま要塞に残るという手もありそうだが、敵の『鉄の鳥』や『大筒』の格好の的になることが明らかだった。
だから、撤退せねばならない。
これ以上無駄な将兵達を死なせない為にも。
「……では王女殿下はいつ頃投入するおつもりで?」
「そうだな……敵の苛烈な攻撃をその目に焼き付けて欲しい気持ちもあるが、万が一何かあった場合には問題になるからな。 ……ジェラールの部隊の後方にでもつけて地獄の戦場観光でもしてもらおうか」
王女、それは戦場に出ることを躊躇う王宮から無理矢理引っ張り出すことの出来たこちらの唯一の交渉カードである。
敗戦を喫した将兵が王宮によって処断されるのを防ぐにはそれなりの後ろ盾がなければならなかった。
まともに戦場に出たことの無い王宮の面々はやれ怠慢だの、国への忠誠が足りないだのと様々な事をでっち上げて全ての責任を現場の将兵に擦りつけるのだ。
今回はそれを回避するために、王宮から一人王族を派遣してもらうことをなんとか確約することができた。
それも軍事において最も発言力のある、第三王女のミレーヌ・フォン・キネロ・シュペルヴィエルを招くことに成功出来たのだった。
彼女は齢二十歳の若者であり経験は浅いが、幼少の頃より軍事に精通し、情に厚く現場の将兵達に人気があった。
そして、王宮において近衛隊長という地位を拝命されており、王の信頼も厚い。
というよりも娘が可愛い過ぎて手放したくないから近くに置いているという表現の方が適切かもしれない。
ーーーそんな彼女を戦場に連れ出すのには苦労した。
彼女の功名心につけ込み、あの手この手で乗り気にさせ、自発的に戦地へ志願するようにさせたのだ。
そのせいで少し拗らせてしまっているが、まぁ、なんとかなるだろう。
おそらく情の厚く、それに敵の脅威もよく理解できる王女殿下であれば、敵の要塞の一時占領という結果であっても助命の一言は添えてくれるだろう。
宰相や有力貴族達は反発すれど、おそらく愛娘を溺愛している王ならば受け入れるに違いなかった。
「……ふむ、私もそれがよろしいかと思います」
「ではーーー」
その時だった。
伝令の兵士が慌てた様子で天幕に駆け込んできた。
「報告っ! 第三王女殿下、ミレーヌ・フォン・キネロ・シュペルヴィエル様がご出陣なさいました!」
「なっ!? っ……あのじゃじゃ馬がっ!」
王女ミレーヌの弱点。
それははやる功名心だった。
若さ故、未だロクな功績もなく、焦りが彼女を暴走させていた。
それこそ溺愛する父、キネロ国王を説き伏せるほどに。
そこにつけ込み手玉にとっていたはずが足元をすくわれた。
既に敵を包囲しているといえども、敵にはあの『火筒』がある。
いくら武術が優れていても流れ弾に当たれば一巻の終わりだった。
「ははっ! これはやられましたなぁ。 早く嫁に出した方が良かったのでは?」
「冗談を言っている場合かウスターシュ! 正直、王宮の奴らに殺されるのだけは御免だ! っ! 馬を出せ! 急ぐぞ!」
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