Point of No Return Ⅵ



「はっはっは! 父上! 『鉄の鳥』を落としてまいりました」


 そう高らかに述べるのは私の息子のジェラール・フォン・バルバストルだった。

 今年でちょうど二十歳になったばかりの青年は初陣ということもあり未だ戦場の熱が冷めやらぬようだった。


「何!? それは本当か、ジェラール?」


「……こちらも随分とやられましたが四体の『鉄の鳥』を仕留めました」


「四体もか! 良くやった! これで少しは楽になる」


「はい! やはり父上の言った通り、『鉄の鳥』は味方を回収する為に地上に降りるようです。 ちょうどそこを狙えば、楽な戦いとは言えませんでしたが、なんとか」


 ジェラールには『鉄の鳥』の排除または足止めを命じていた。

 正直、多少の時間でも足止めさえ出来れば十分だと思っていたが、まさか四体も仕留められるとは。

 性能を入念に調べたかいがあったというものだ。

 これで犠牲になった兵士達も報われるだろう。


 『鉄の鳥』は空を飛び、瞬く間に隣の村から村に移動し、馬ですら追いつくことは出来ない。

 しかもその中には多数の敵兵が乗り、容赦なく『火筒』を撃ち下ろしてくるし、それらが近くを横切った後には必ず『大筒』の攻撃にさらされることになる。

 また、『火筒』が撃ち下ろせない場所ではそれに乗る敵兵達が地上に降りてきて戦うのだ。

 敵要塞に近づく上で厄介としか言いようのないものであり、要塞を攻めるに当たっては対策が必須であった。


 ーーー三月ほど前からだろうか。

 我々は『鉄の鳥』の性能や弱点がないかを探る為に六万の兵を使って要塞周辺で様々なことを行った。

 その結果わかったことは、『鉄の鳥』の警戒範囲は近隣を流れるフーレン川の下流から中流までであること、そして夜間は少数の兵であれば見逃すこと、魔術師に対して異様なまでの反応を見せること、地上に部隊を展開する場合には必ず回収の際に地上に降り立つ事だった。

 もちろん、その調査に使った兵のほとんどが帰らぬ人となったのは言うまでもないだろう。


 そこで我々は川の上流にある街を拠点に国中の船と人を集め、要塞侵攻軍の部隊を編成した。

 また要塞周辺の村々には夜間に少数の兵を送り続け、『鉄の鳥』から降りてくる地上部隊を叩く伏兵とした。

 そして伏兵のいる村々に少数の魔術師を配置し、『鉄の鳥』を誘き出したのだった。

 特に魔術師共が計画した『呪術』が少しでも成功すれば、敵は万の敵よりも一人の魔術師に狙いを定める可能性が高かった。


 敵の保有する『鉄の鳥』の数は分かってはいなかったが、あのような兵器は容易に製造することは出来ないはず、四体も倒せば前線に出すのも惜しむ可能性があるだろう

 要塞の上空にいた二体の『鉄の鳥』が姿を消したというのも、もしかしたら同様の理由かもしれない。


 だがーーー

 そう簡単に行くはずはないだろう。


「……少し休めと言いたいところだが、状況が状況だ。 兵の再編成が終わり次第要塞へ向かえ!」


「アルベール様っ! それは……」


 言葉を詰まらせるウスターシュ。

 彼の言わんとすることはわからないでもない。


「ははっ! もちろんですとも! このような武勇を挙げる機会はそうはないですから」


 任せておけと言わんばかりのジェラール。

 先の戦闘で相当自信をつけたらしい。

 彼が戦場の熱に浮かされているのは明らかだった。

 だが、今はそれが救いだった。


「私は今から向かう。 後からついてこい」


「なっ……」


「承知いたしました。 では、兵を再編してまいります」


 そう言ってジェラールは胸を張り、踵を返して天幕から出て行った。

 それを見計らいウスターシュが声を荒げる。



「アベラール様! 正気ですか!? 前線はこの世の地獄ですぞ! しかもご子息まで……ジェラール様は前線の様子をよくわかっていないご様子で……」


「それはわかっている。 だが、もう我々は引けないのだ。 かつて我々はこんなにも損害を出した戦いがあっただろうか……」


「しかし……敵は我々の想像を超えたを使って攻撃をしてくるのですぞ!」


「それはわかっている。 まぁ、あれがというかは別だがな……。 少なくとも我々よりも優る兵器であることは間違いない」


「ならば……なぜ死地に……」


「……少なくとも兵達に戦わせて私だけ遠くで報告を待つ、って柄でもないしな」


「だからといって……せめてジェラール様まで行かせることは……」


「あいつは勇猛果敢で良い指揮官だ。 今はまともな指揮官がほとんど死んでしまったからな。 ……まぁ、人の子供を死地に送っておいて自分の子供は安全なところに、そんなの道理が通らないだろう?」


 正直、『鉄の鳥』の足止めを命じた時点でジェラールが死ぬことも想定していた。

 いや、むしろ今回の戦いに連れてきた時点で、とでも言った方がいいかもしれない。

 ーーー本音を言えば戦いになんて連れて行きたくないし、死んで欲しくはない。

 私だって一人の親なのだ。


 だが、それを国は、いや王宮は許さない。

 今回、部隊の指揮官として召集されたのは現国王に重宝される有力貴族の貴族や騎士。

 一つの家につき一名なんて生易しいものではない、戦える者全てだ。

 既に家名断絶の家も多い。

 だからこそ、総大将である私が息子を配慮することは許されなかった。

 これでも兵の再編成の時間を与え、侵攻部隊の最後尾に加えるのが最大限の配慮なのだ。

 今のジェラールは『鉄の鳥』を四体も仕留めたのだ、それぐらい誰も文句は言うまい。


 ーーー……はぁ、外の敵でなく内にまで気をつかわねばならぬとはこの国はもはや終わりなのかもしれない。

 正直、叛乱でも起こしたい気分だった。

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