Point of No Return Ⅴ



「報告します! バシェラール卿、ティアリー卿、トゥルブレ卿、ヴァイヤン卿、デュクロ卿、ファロ卿、エマール卿、ジョナ卿、ラコスト卿死亡!」


 ーーーそれは何度目の報告だっただろうか。

 兵を率いる貴族や騎士達の死。

 キネロ王国軍、南方方面討伐軍軍団長の私、アルベール・フォン・バルバストルはその白と黒が混ざり合う髪の毛をかきながら、今回の遠征の軍団長に任命した王宮を恨んだ。


 敵は独立都市『東京』とかいう新興勢力と魔王国の連合軍。

 半年前、彼らは自らの武勇を誇示するかのようにキネロ王国内に要塞を築いた。

 もちろん、件のキネロ王国側はそれを座視せず、討伐軍を編成、失地の回復を目指している。

 だがそれも今回で四回目。

 毎回おびただしい数の死者を出して失敗しており、今回も結果は目に見えていた。


「……了解だ、下がってくれ。 ウスターシュ、第三軍に加え予備兵力を動員だ。 ……ここが正念場、という奴だ」


 報告に来た兵士を下がらせ、隣に立つ家臣であり副官であるウスターシュ・モラクスに指示を出す。

 三十年来の友人でもある彼は眉をひそめる。


「……予備兵力……という事はパラディール卿を戦場にお出しになるつもりで?」


「無論だ。 全ての兵力を敵要塞正面に回す。 敵の数は多くはない、下策だが相手が相手だ、数に物を言わせるしかあるまい。 ……我々にはそれぐらいしか取り柄がないのだからな」


 敵の兵器は強大だ。

 周りはみなと言っている敵の『火筒』は我々が近づくことを許さない。

 それは肉眼でも見えるか見えないかの距離から鉛玉を撃ってくるのだ。

 威力も申し分なく、こちらの用意したプレートアーマーですら容易に貫通し、二、三発くらえば大抵の者は動けなくなってしまう。


 加えて、あの『大筒』だ。

 敵の要塞に備え付けられたそれは遥か遠くから我々を捉える。

 しかもその攻撃は密集隊形であれば千の兵が一瞬にして吹き飛ぶほどだ。

 我々とって一番の脅威と言っても過言ではないだろう。


 しかし現在、おそらく先行した魔術師達がやったのだろうが、敵の『大筒』の陣地は既に破壊されていた。

 そのお陰で少なくない犠牲を出しながらも、敵の要塞に侵入することに成功した。

 敵も今回の戦いでかなりの損害を出していると聞いている。

 ーーーまぁ、ここまでは順調といったところか。


 空飛ぶ要塞の『鉄の鳥』の問題もあるが、敵に肉薄さえすれば脅威になりえないだろう。

 特に今は『鉄の鳥』は敵要塞の上空にはいないという。

 誘い込まれている気もしないでもないが、これは好機だった。


 ーーー我々にはもう残された選択肢はない。

 払った犠牲が大きくなればなるほどに退けなくなるのだ。

 敵を追い詰めているようで実際に追い詰められているのは我々というのは笑えない冗談だった。


「……しかし、パラディール卿は当主ではありますが、まだ十三になったばかり。 そのような者を前線に上げてもいいものかと……」


「……戦に年齢は関係ない。 それにこれは国を挙げた戦だ。 この場に戦う必要のない者などいない。 ……領民までもがその身を捧げたのだ、彼にも貴族としての務めを果たしてもらわないと……な」


 まだ十三の子供を戦場に出すなんて正直、正気の沙汰ではない。

 いくら家名を背負っているからといって、ここはいつもの戦場ではない。


 ーーー肩書きなんて関係ない。

 領民も兵士も貴族も敵の攻撃の前には全て平等だった。

 我々は一歩進む為に、数百から千の贄を必要とするのだ。

 そこに誇るべき武勇も無いし、家名なんてものは意味をなさない。

 ただ積み重なる屍になるのだ。

 それも名もなき屍に。

 

 それを命じる私はおそらく狂っている。

 ーーーこの戦場が、状況が狂わせたのだ。

 そもそもこれは『戦い』と表現していいものなのだろうか。

 敵の武器の威力を見れば勝敗は既に決している。

 私に言わせればこれはただの『虐殺』だ。

 我々には人数、それ以外の点で勝っているものは一切ない。


 だが、王宮はそれを認めなかった。

 むしろ人数が勝っているのならば勝機はあると。

 国も狂っていた。

 非戦派の過去に一度まぐれで武功を上げた末端貴族を総大将に担ぎ上げ、国中から総勢五十万もの兵士をかき集めた。

 そして得体のしれない魔術師共を動員し、困窮する領民たちを『呪術』とやらの生贄にしたのだ。


 結果的にそれは成功したのかもしれない。

 しかし、今日の総攻撃で、そしてその前にどれだけの兵を

 少なくとも事前攻撃で十万の兵と二万の領民が死んでいる。

 正直、今日の損害は考えたくもなかった。


「……承知いたしました。 パラディール卿の部隊を前進させます」


「あぁ、頼んだ」


 ウスターシュが不満があるのも無理はない。

 彼のいちばん下の子供がちょうどパラディール卿と同い年だった。

 それに、いつもの私の戦い方と違うというのもあるのだろう。


 ーーーまぁ、無理もないか。

 私だって今の立場がなければ好き勝手言っていただろう。

 押しつけられたとはいえ、国王に与えられた立場を蔑ろには出来なかった。

 王都には妻と娘がおり、私の身の振り一つで処遇が決まる。

 まったく、嫌な国に生まれたものである。


 そう自身の運命を嘆いていた時だった。

 本陣の天幕に意気揚々と帰陣した一人の若者がいた。

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