Point of No Return Ⅳ



 正直、娘の日和ヒヨリには申し訳なく思っている。

 親の都合で散々貧しい思いもさせたし、ロクに構ってもやれなかった。

 そしてまた彼女に自分の都合を押し付ける。

 ーーーまったく、最低な親だな私は。


 十年前、別れた妻はまだ幼い娘を連れて家を出て行った。

 こちらから連絡を取ろうにも音信不通。

 もちろん元妻の両親も答えてはくれなかった。

 よっぽど私は嫌われたらしい。

 無理もない、しがない不動産屋の営業マンだった私は仕事のストレスから毎晩の風俗通いが止まられなくなっていた。

 おそらく、家にいる時間よりもその店やホテルにいた時間の方が長かったかもしれない。

 ロクに娘の面倒を見ずに生活資金にまで手を出し、借金までこさえる。

 別れて当然だ。

 無理もない。


 妻と子に再会したのは『東京』がこの世界に転移した八年前だった。

 既に妻は亡骸で娘は痩せ細っていた。


 転移の影響で末期の癌であった妻は都内の病院でロクな治療も受けられずに亡くなり、当時十歳の娘は身寄りがなく、食糧難の中、自宅のアパートで何とか生を繋いでいた。

 妻の両親は埼玉在住であり、妻が入院中は義母が娘と一緒に都内のアパートで暮らしていたが、不幸にも転移した際、彼女は自宅のある埼玉に荷物を取りに戻っており不在だった。

 いつも通り都内の学校に通っていた娘は電気や食料が枯渇し、飲み水の確保すら難しい状況の中、二週間一人で耐え抜いたのだった。

 その間彼女を助けてくれる大人は誰もいなかった。


 ーーーまぁ、それだけ皆、生きることに必死だったのだ。

 私を含めて。

 幸いにも有志で見回りに来た元警官の老人が衰弱した娘を発見し、私の下に連絡をよこした。


 すぐさま、私は娘の下に駆けつけた。

 彼女が保護された施設まで三十キロ以上もあったが、歩く、いや走るのに躊躇いはなかった。

 だが、娘はよほど私の事が嫌いだったのだろう。

 一緒に暮らして三年が過ぎるまでまともに口を聞いてもくれなかった。

 ようやく、娘を保護できた私は病院からの連絡で既に火葬された妻の骨を引き取り、自身の家に帰るも転移の影響で仕事はなく、人づてに募集される日雇いの仕事で何とか食いつなぐ日々だった。

 元妻の死を悲しんでいる暇なんて私には無かった。


 だから四十過ぎて統合軍に入隊出来たのは嬉しかった。

 軍に入れば食料は優先的に受け取れるし、住居も保証される。

 そして何より給料が良かった。

 娘の為と思えば、若者に馬鹿にされても耐えられたし、体力的な衰えも気合いで補う事が出来た。

 ーーーもしかしたら今の自分は思いあがってしまっていたのかも知れない。

 軍で認められ、将校にもなれた私はいつしかの為からの為に戦いに身を投じるようになっていた。

 だから危険な前線勤務も自ら志願した。

 それが娘を蔑ろにしていると知らずに。


 少なくとも娘の為を第一に思っていれば、既に事務方に移っているべきだった。

 そして軍で稼げるだけ稼いで娘の将来を少しでも楽にしてあげるべきだった。

 なのにーーーなんだこのザマは。


 既に私は死にかけている。

 自分の体だから良くわかる。

 もう私は長くはない。

 もって後三十分ぐらいだろう。

 動けるのはこのタイミングが最後だった。


 ーーーなんて愚かなのだろう。

 娘には当面の生活資金や大学の学費程度の貯金と僅かばかりの遺族年金しか残せてやらなかった。

 もっと、彼女には残さねばならなかったのだ。

 なのに私は……。


 引き金を引くのは自分の愚かさを呪うから。

 娘への申し訳なさから。

 将来の見通しの甘さから。

 ある意味敵はストレス発散のいい的だった。

 構えた二丁の拳銃は混乱する敵を一人、また一人と捉えていく。

 距離の近い敵は拳銃についた銃剣でなぎ払う。


「はぁぁぁっ! っ!」


 わざわざ覚えた格闘術は何のためだったのか。

 若者達に馬鹿にされながらも歯を食いしばって苦労した日々は何だったのか。

 ーーー全部娘の為だった。

 こうなるならば、もっと稼いでおけばよかった、もっと娘と話しておけばよかった、もっと家を出る前に娘の好きな料理を作り置きしておけばよかった。

 娘の、娘の大学の入学式に……一緒に行ってやりたかった。

 娘の卒業を、娘の結婚を、孫の誕生をーーー

 もう既に目の前は涙で濡れて歪んでいた。


「っ! ぐっ!」


 撃つ、撃つ、撃つ。

 ひたすらに敵の頭を撃ち抜いていく。

 ちょうど敵の指揮官の一人とおぼしき豪奢な鎧を纏う者の前に出た時には弾倉に残る弾は後一発だった。

 そして体も既に限界だった。

 人生のフィナーレを飾るには最高の相手。

 しかしーーー


 ーーーまだ子供だった。

 中学生ぐらいだろうか。

 怯えた表情の彼、いや、か。

 ーーーあぁ、きっと私は悪鬼の如く醜悪な表情を浮かべているのだろうな。

 子供が怯えるのも無理もない。

 周りの兵士達は何がなんでも彼女を守ろうと私に殺到する。

 おそらく、彼女はどこぞやの貴族の子弟だろうか。

 幾重にも繰り出される敵の槍をその身に受ける前に一度だけ引き金を引くチャンスはあった。


 ーーーだが、


「撃てる……はずないだろ」


 両手に持つ拳銃を離し、彼女の頬に触れる。

 その時だった。

 彼女の護衛の兵士達の繰り出す槍が体中に突き刺さる。

 ーーー終わりだった。


「っ! っがぁ!」


 今まで感じたことのないほどの激痛が体中を駆け回る。

 もう息はできない。

 そして、視界も狭まっていき、その場に崩れ落ちる。


 おそらくこれは私の罪だ。

 神は私を許さなかったのだ。

 ーーーまぁ、いい。

 しかし、


「一発…………残っちゃったなぁ」


 そこで私の意識は無くなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る