Point of No Return Ⅲ



「あらあら、みんな殺気立っちゃって。 ……ふぅ、そろそろおじさんの出番かな」


 そう言って、どこからともなく現れたのは件の西部中尉だった。

 傷は深いようで、真っ赤に染まった脇腹を押さえながら顔に脂汗を滲ませている。


「とっつぁん! ……その傷は……」


「吾妻君、無事で良かったよ。 ……これで私も少しは自由にやれるね」


「……何を」


 彼はそう言うと、愛用する二丁の拳銃に銃剣を取り付けた。

 どうやら彼は戦闘に参加するつもりのようだった。

 ーーー無理だ。


「中尉! その体で戦闘は無理です!」


 そう叫ぶのはチェス。

 俺も同感だ。

 彼はまともに戦える状況ではない。

 顔も青白く、脇腹、それも両脇腹に深い傷を負っていた。

 正直、今歩けているのが不思議なくらいだ。


「そんなのわかってるさ。 ……ふぅ、だからやるんだ。 セラちゃん、さっきの魔法をもう一度使えるかい?」


「一度だけなら……ただ、魔力の消費が大きいのでその後の魔法行使は出来なくなりますが……」


「とっつぁん、いや西部中尉。 何をする気だ?」


 少なくとも彼にまともな策があるとは思えない。

 だが、この男はこうと決めたらテコでも動かない頑固者だ。

 ーーーどうしたものか。


「何をって……そうだね。 一花咲かせようかと思ってね」


「一花?」


「セラちゃんの魔法行使の後、私が前に出る」


「っ! 無謀だ!」


 俺は全力で否定する。

 それは策でもなんでもない、ただ死にに行くようなものだった。

 まさかーーー


「吾妻君、君には色々お世話になったし、これからも迷惑をかけるだろう。 だが、自分の死に場所ぐらい自分で選ばせてはくれないだろうか。 少なくとも、多くの引き金を引いてきた私がジワジワと生を終えるのは性に合わないだろ? 死ぬならば戦場で、それに派手に死のうじゃないか!」


「……だが。 正気か?」


「正気も正気さ。 ……君なら戦略的な価値を見出せない訳ではないだろう?」


「ぐっ……」


 彼の行為は無謀としか言いようのない行為だ。

 しかし、混乱する敵の前に立ちはだかり、現代兵器の実力を見せつける。

 それも集団ではなく、一個人がどれだけの旧世代兵器の兵士達を殺せるのか。


 今までは大きな流れの中での戦闘だったから、実感のわかない兵士達が多かったであろう。

 それにそれを目にした瞬間、その兵士達は帰らぬ人になっているので後続にはその恐怖が伝播し難かった。


 幾重にも積み重なった味方兵士の死体。

 そしてまざまざと見せつける実力差。

 我々に立ち向かえば、自分を含めた誰かは確実に死ぬと。

 それを示せれば、彼らの戦意を多少なりとも挫ける可能性は否定できない。


 特に目の前の敵は味方の空爆で完全に混乱状態に陥っている。

 しかも、敵兵の雰囲気を見る限り、先程まで突撃してきた勇猛果敢な兵士達とは少し違う。


 混乱する兵士達を指揮官や古参の兵士達は治められていないことから実戦経験の乏しい者達なのだろう。

 示威行為をするにはうってつけの相手だった。


 敵の戦意を少しでも削ぐことが出来れば、それだけ時間が稼げる。

 今の我々は生き残るため、味方空中機動部隊の到着までの時間を少しでも稼ぎたい。

 戦闘が始まれば、銃剣突撃もやむを得ない今の状況では、少しの時間が稼げるのであれば、ある程度の犠牲はやむを得なかった。


 敵に追い詰められて銃剣突撃をすれば、ほとんどの隊員が死ぬことになるのは火を見るより明らかなのだ。


 だが、俺は彼の死を認められない。

 しかし、俺の理性は彼の死を許容する。


 だから、彼の提案は拒否することは難しかった。


 ーーー指揮官なんてなるもんじゃないな……。


 もう仲間を殺させないと決意したのに。

 仲間を守る為に仲間に死を命じなければならない。

 戦場での指揮官は兵士の命の選別までしなければならない業の深いものだった。

 今まさにそれを実感する。


「……西部……中尉! 私も……同行してもよろしいでしょうか?」


 彼、西部中尉と同じような立っているのもやっとの重傷の兵士達が続々と志願する。


「わたしも連れてってくだせぇ!」


「……俺もです!」


「……老兵はただ去るのみ。 いや、老兵は華々しく散るのみ。 ……いいよ、みんなで行こうか」


 勝手に許可を出す西部中尉。

 志願したほとんどが彼と同じく、中年をそろそろ過ぎようとする者達だった。

 ーーー馬鹿野郎……。


「……わかった。 許可する」


「大尉っ! 何を言ってーーー」


 驚いた表情のセラフィナが俺の服を掴む。

 だが、


「……セラフィナ少尉。 現実を直視するんだ。 増援を待つ今の我々には一分一秒に価値がある。 その為であれば多少の犠牲はやむを得まい」


「ですがーーー」


「そう彼を責めるんじゃないよ、セラちゃん。 少なくともね、私達はもう手遅れだ。 見ればわかるだろう? ただただ死なせるのは酷だとは思わないかい? 私達にもプライドってやつがある」


 滔々と話す西部中尉。

 背後は控える志願兵達もうなずく。

 言うのも憚られるが、既に彼らの顔には死相が現れていた。

 彼らの傷は直ぐに近くの基地の医療施設に運んだとしても生き残る可能性は限りなく低い。

 そう素人目にでも分かるほど酷かった。


「しかし……」


「彼は、隊長は我々の要求を受け入れてくれた。 ただそれだけだ。 君達が何か負い目を感じる必要はない。 これは老兵達の我儘さ。 ……ふぅ、じゃあそろそろ行こうか。 タイムリミットは直ぐに来てしまう。 セラちゃん、いやセラフィナ少尉。 魔法を」


「……はい。 ……穿て、穿て、穿て。 我が孤高の氷雪よ。 古の約束された大地へ咎人を誘わん」


 セラフィナの詠唱に合わせて再び大地が凍りつき氷柱が顕現する。

 清く透き通った彼女の詠唱はまるで彼らの鎮魂歌レクイエムだった。


「さぁ、行こうか! パーティーの始まりだ!」


 西部中尉の号令に合わせ、共に敵陣へと駆けていく志願兵。

 どこにその力があったのか。

 そんな疑問を抱くような力強い歩みだった。

 人の最後の煌めき。

 それを見せつけられたようだった。


「……御武運を」


 それは初めて言った言葉だった。

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