銃弾は何も語らない Ⅱ
「中尉! どうします?」
そう尋ねる隣の通信兵は涙目だった。
その気持ちは分かる。
私も同じ気持ちだ。
ーーー完全に詰んでいる。
まるで走馬灯のように今までの人生が頭の中を駆け巡る。
そう……もっと色々と素直になっていれば、無駄なプライドなんて捨てていれば、違った人生があったかもしれない。
彼とだったら幸せな家庭を築けて、今頃子供の一人や二人いたかも知れない。
だが、その想いは決して口に出せない。
私はこの部隊の指揮官なのだから。
ーーーだから、言うことはただ一つ。
「ここを突破しーーー」
無謀だが、部下には少しでも希望を与えなければいけない。
着剣の号令をかけるその時だった。
『こちらシエラ3、強行着陸を試みます!』
インカムからシエラ3、パイロットのグスマン中尉の声が響く。
「やめろ! シエラ3! っ! 馬鹿が! 全員シエラ3を援護しろ! 敵兵を寄せ付けるな!」
無謀なのは分かっている。
だが、少しでも希望を抱くのは生への僅かばかりの執着心。
言葉とは裏腹にその決意に期待していた。
低空を飛行するタンデムローター式の輸送ヘリは前方に傾いている前部ローターで敵兵を薙ぎ払う。
そして左右、後方のドアガンで周囲を制圧しつつあった。
「走れっ! 手持ちの弾薬は気にするな! ヘリに乗り込みなさいっ!」
私は叫ぶ。
このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
ーーーここが勝負所だ。
絶対に私達は負けられなかった。
「……成功……しーーー」
広場にはまさに山になった敵兵の死体が積み重なり、一時的ではあるが広場を確保した。
地面ギリギリをホバリングするヘリに最初の一人が乗り込む、その瞬間だった。
「っう! あっ!」
ーーー現実はそう甘くはなかった。
足や背中、腕に強い痛みを覚える。
ボディアーマーで保護されない腕や足には見慣れない矢が刺さっていた。
「がぁぁぁ!」
「誰か! 誰かぁ! 衛生兵ぇ!」
「痛い、いだいっ! あぁぁぁ!」
一斉にうめき出す隊員達。
そのほとんどが体のどこかに矢を生やしていた。
隣にいた通信兵に至っては頭に矢を受け、既に絶命していた。
弓兵隊の一斉射、どうやら彼らの方が早かったらしい。
「あっ……あぁ……」
言葉が出ない。
目の前の光景は絶望的だった。
ーーーもうまともに戦える者はこの場にはいなかった。
ほとんどの隊員達がロクに動けずに地面を這い回る。
そしておそらく手持ちの弾薬もほとんど無かった。
聞こえてくる敵指揮官の突撃の掛け声。
ーーーこれが意味するのは……。
ちょうど右太ももを矢で撃ち抜かれた痛みで片膝をついた時だった。
広場に甲高い金属の衝撃音が響き渡った。
「シエラ3…………」
振り向くと近くの民家に頭から突っ込み、真っ赤に炎上している輸送ヘリが見えた。
その近くにはヘリと一緒に燃えている革鎧姿の敵兵達。
おそらく、ホバリング中に彼らに取り憑かれたのだ。
ーーーあぁ、終わった。
受け入れがたい絶望感が体を侵食する。
瞳から一筋の涙が流れ落ちたその瞬間だった。
「中尉ぃぃぃ! 後ろぉ!」
それはおそらく副官の高村の声だった。
「……へ?」
鈍い衝撃。
突如として頭の中が真っ白になる。
最後に見たのは絶望する部下の顔と駆け抜けていく漆黒の騎兵、そして宙を舞う切れた髪留めのゴム。
何が起こったのかわからずに私の意識は仄暗い闇の底に落ちていった。
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