銃弾は何も語らない Ⅰ


 ーーーもし、私が死んだら悲しんでくれる人はいるのだろうか。


「高村! 一時の方向に魔術師!」


「了解!」


「リロード!」


「援護する!」


「動け! 動け! 動け! 死にたくないなら走れ!」


「六時の方向に敵騎兵!」


「了解! シエラ3、六時方向の敵騎兵を掃討しろ!」


『了解!』


「走れ! 走れ! 長森伍長! 広場の東側入り口を確保しなさい!」


「了解! 高瀬、和泉! 俺について来い!」


「「はっ!」」


 既に両親は他界し、兄弟もいなかった。

 親しい友人も数えるほど。

 心の底から私の死を悲しんでくれるのはーーー

 ぐらいだろうか。


「報告っ! 高村軍曹負傷! アラビーゾ曹長死亡!」


「おい! しっかりしろっ! 衛生兵! 衛生兵はどこだ!」


「おらっ! ボサッと立ったんじゃねぇ! 動け! 動け! 敵の矢の標的にされるぞ!」


「敵、九時の方向より増援! 軽歩兵!」


「先ずライフルグレネードを使って敵の隊列を崩しなさい! その後斉射!」


 ここはリーズ要塞から約五キロ離れた小さな村落。

 第一及び第四小隊を率いる私、エミリー・アッシュフィールドは敵の索敵任務から敵魔術師の掃討に移行していた。


 輸送ヘリに積み込んだ対魔術師探索レーダーでの索敵によると、リーズ要塞を攻める敵本隊及び周辺の村々五箇所から敵魔術師の反応を得た。

 そのほとんどを殲滅し、今いるこのベルロ村は敵本隊を除いて魔術師の反応の残る最後の村だった。


 地上戦に移行したせいで、既にこちらも数多くの兵を減らし、輸送ヘリ三機に井上、田中の両小隊長も失っていた。

 本来であれば最後の村を残して撤退したいところであるが、敵魔術師がいる以上、いつ敵による呪術攻撃が再開されるか分からない。


 幸いなことに守護札タリスマンの有効時間は十分弱ほど残っていた。

 ーーーただ、先程からまったくといっていいほど、朗報が飛び込んでこない。


 そもそも地上部隊を投入するのは苦渋の決断だった。

 しかし、村々には数多くの民間人がおり、しかも敵魔術師の多くは建物の中に隠れていることが多かった。

 そして、敵は一筋縄ではいかず、村々には数多くの伏兵が隠されており、特に巧妙に隠蔽された弓兵隊と一撃離脱戦法を取る騎馬隊は私達の部隊の損耗率を上げる一方だった。


 しかも、ヘリが降下するのを見るや多くの兵士達が殺到し、まるでゾンビ映画の如くヘリに取り憑き行動不能に陥らせる。

 敵には確固たる戦闘ドクトリンが確立しており、敵の指揮官はおそらくかなりの策士であった。

 ーーーそして私達の弱点を的確に分析するいけすかない野郎である。


 私の麾下の輸送ヘリは六機。

 その内二機はリーズ要塞の援護に回しており、残りの四機の内、無事なのは今頭上を飛んでいるコールサイン・シエラ3のみだった。

 現在、大方の敵魔術師の掃討は終わり、撤退しようとしているのだが、敵に囲まれつつあり、輸送ヘリの着陸場所である村の広場を確保出来ないでいた。

 ーーー悲報はさらに続く。


「なっ! 先程、要塞内での爆発により、吾妻大尉が負傷とのこと!」


 隣を走る野外無線機を背負った通信兵が告げる。


「っ! 何やってんのよあの馬鹿が!」


 ーーーあの男は死んでも死なない男。

 そう私は信じている。

 だから、負傷といえど腕一本ぐらいで済んでいることだろう。

 正直、彼の心配もあるが、帰れば面倒の見ようはいくらでもある。

 今は部隊の、現状の打破が最優先であった。




『こちら長森! 広場東側に弓兵隊! っ! ぐわぁっ!』


「長森っ! 長森伍長!」


 弓兵隊は現状、我々の天敵であった。

 広場は見通しが良く、遮蔽物はほとんどない。

 もちろん、こちらはボディアーマーを着ているが、全身を保護してくれるわけではない。

 だから、雨のような弓矢を撃たれたらなす術がなかった。

 それに敵もなりふり構っていられないのだろう、味方が近くにいても、その味方ごと撃ってくるのだ。


 ーーーシエラ3の機関銃で掃討するか、いや、この現状でシエラ3を動かすのは余りにもリスクが大きすぎる。

 現在私達は広場で敵歩兵に翼包囲されている。

 加えて、背後の広場東側入り口にも敵弓兵隊が迫ってきており、完全に包囲されるのも時間の問題だった。

 それに敵の正面圧力が特に苛烈だ。

 直上で周囲の歩兵を機関銃で掃討するシエラ3を少しでも移動させるとこちらの戦線が崩壊する。

 だが、何もしなくても敵弓兵隊の攻撃を浴びることになる。

 ーーーこれは……。

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