死神の円舞曲 Ⅵ


「うがぁぁぁぁぁ! あっ! あぁ!」


 左腕の肘から下を失った青年が床を転がり回っていた。

 おそらく彼がジルドで間違いないだろう。

 ーーー遅かったか。


「それにしても君はいい声で鳴くねぇ。 私も殺しがいがーーー」


 彼のすぐ近くには愉悦に浸った女、マグダ・サヴィーノがいた。

 彼女の構えるショットガンは、どこを撃とうか、まるで品定めするようだった。


 ーーーそこに慈悲はなかった。


 もう二度とチャンスを逃す事はない。

 私は震えながらも構える拳銃の引き金を引いた。

 ーーーそう、何度も。

 彼女は死ななくてはならない人間だった。

 医者の倫理観? そんなものクソくらえ!

 マガジンが全て空になる頃には何も感じなくなっていた。


「っ! ……あぁぁぁぁ!」


 ほぼ全ての弾丸が彼女の胸を貫いた。

 文字通り、胸に風穴を開けていた。

 崩れ落ちる彼女悲鳴はどこか醜かった。


「あぁ……リンメル……」


 彼女の醜く歪んだ双眼が私を捉える。


「……終わりだ。 サヴィーノ」


「ふっ! ふははぁ! はははぁ! ははぁ……」


 最後に一際大きな高笑いをし、彼女は瞳の色を失った。


 マグダ・サヴィーノ准尉、彼女はどこか放っておけない新任将校だった。

 その弱気な態度やサボり癖は本来問題になるところであるが、どこか憎めない性格から多くの上官達、ひいては部下達からも慕われていた。


 ーーーどこまでが本当の彼女だったのだろうか。

 それは今となっては分からない。

 恨むならば、私を、いやこの世界を、時代を恨むべきなのだろう。


「……大尉。 これは……」


 駆け寄る件の兵士。

 確か名をダリオといったはずだ。

 屋上に着くなり、躊躇いなく彼女を撃った私に衝撃を受けていた。


「……彼女が防壁を爆破した犯人だ」


「……彼女がですか?」


「あぁ、そうだ。 だが、まだやる事は残っている、手伝え!」


 まだ私にはやるべき事は残されている。


 もう全身の感覚がほとんどない。

 ーーー時間はなかった。


 私は腕を失い苦しむジルドに駆け寄る。

 ここからは本来の、医者の仕事だった。


「あぁぁぁぁぁ! ぐるじぃぃ! あぁ!」


「落ち着け! 大丈夫だ! 今診てやるからな。 お前は体を押さえてやれ!」


 慌てて駆け寄ってきたダリオに命じる。


「は、はっ!」


「あぁ! っか! 母さん! あぁ! 母さぁぁん! 助けて!」


「落ち着け! 大丈夫だ! プライベート・ライアンより酷くない! しっかりしろ!」


 人のことを言える立場ではないが、彼は酷い出血だった。

 早急に輸血をする必要がある。

 それに鎮痛剤も。

 もっとも、幸いなことに肘から上が残っている事でベルトを使えば何とか止血が出来た。


 ーーーもう力が……。

 しかし、力を込めねば彼は死ぬ。


 ーーー気合ガッツだ。

 そう思い、私は彼のズボンから抜き取ったベルトにありったけの力を込める。

 どれほど格闘したのだろうか。

 既に視界が小さな円柱ほどに狭まった頃、やっと彼の血が止まった。

 

「……はぁ……これで……応急……処置は完了……だ」


 全身の力が抜けていく。

 奇跡は長くは続かない、それは分かっていた。

 だからこの結末には納得はできる。

 

「っ! 大尉! しっかりしてください! 大尉!」


 後はこの男がなんとかしてくれるはずだ。

 そう思った瞬間ーーー

 私の意識は深い闇の底へ流れ落ちた。


 ーーー親父、それに爺さん。

 私は、いや、俺は英雄になれただろうか。


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