死神の円舞曲 Ⅴ
私の一家は代々軍人であった。
祖父は朝鮮戦争やベトナム戦争に陸軍軍人として従軍し、戦場で命を散らした。
父も同じように陸軍に入り、イラク戦争で死んだ。
きっと我が家は英雄の家系ではないのだろう。
戦争映画で言えば、場面を盛り上げるためだけに派手に死ぬモブキャラクターだ。
しかし、それでも祖父や父、祖母や母、その他の従軍した親族はみな軍人である事に誇りを持っていた。
だからこそ、軍人というものにまったく興味を抱かなかった私は異質だった。
別に能天気な平和主義者であるからではない、単純に興味がなかった。
学生時代はNBAの選手に憧れ、バスケットボールにのめり込んだ。
両親、一族の反対を押し切り、
しかし、そこで待っていたのは厚いプロの壁だった。
大学に入学して一週間で心が折れた私は、
だが、しがない軍人一家にはメディカル・スクールの学費はあまりに高く、私は軍の奨学金を受けざるを得なかった。
そして私は皮肉にも父や祖父と同じ道を歩む事になる。
米国空軍に軍医として入隊し、日本の横田基地に配属され、日本での生活に慣れた頃だった。
私のいた基地ごと突如として異世界に転移し、現地民の争い事に巻き込まれる事になったのだ。
そこには『日本』というものは無く、そして我々の『米国』も無かった。
都内では数多くの政変があり、独立都市『東京』が成立した時でも、在日米軍はその都市に協力せども取り込まれることはなかった。
ーーー彼らはまだ米国を信奉していたのだ。
三年前の事だ。
在日米軍が完全に独立都市『東京』の軍事組織、統合軍に吸収されたのは。
もちろん米国を裏切った訳ではないのだが、統合反対派がやり過ぎたのだ。
それこそ彼らがやった事は元の世界のシリアやイラク、アフガニスタンの過激派達と大差なかった。
当時の、いや、今もそうであるが、私は特に米軍にこだわりも無いし、米国人である必要性もないと感じていた。
だから、いい諾々と上の指示に従い統合軍に入隊、ラミロ少佐率いる第二十九独立歩兵大隊に配属され、軍医としてリーズ要塞の医務室を預かる身となった。
一応ではあるが、元在日米軍の同僚達に気を遣い、自己紹介の時に特徴的な枕詞をつけていたりする。
ーーーまぁ、私の自分語りももうここまででいいだろう。
私、グレイアム・リンメルには一つやるべきことがある。
いや、やらなければならない事だ。
これは私の義務だった。
みすみす二人の隊員を裏切者に殺され、私は何も出来ずに腹部と両膝を撃ち抜かれ床にキスするという無様を晒した。
ーーーなんと情けないことだろうか。
もし、あの場に吾妻がいたらどうだろうか。
おそらく、ポメスが嬲り殺しにされてる最中の隙を見てあの女の銃に飛びかかったに違いない。
彼とは一度しか、それも数分の出会いだ。
だが分かるのだ。
彼は幾度となく死線を潜り抜けてきた特殊部隊の隊員達と同じ目をしている。
緊急時には感情よりも理性が、その分析力判断力が勝るのだ。
ーーーだが私も負けていられない。
このままではあのマグダ・サヴィーノというつまらない復讐心に取り憑かれた女にこの要塞を滅ぼされてしまう。
「があぁあ……ああぁぁぁぁぁぁ!」
ーーー命の賭け時ぐらいわきまえている。
これでも私は軍人だ。
今までの人生の中でこんなにも叫んだ事はあっただろうか。
いや、ない。
一歩でも前へ、決して歩みを止めない。
歩いているだけでも奇跡のこの体を引き摺りながら私はあの女の元へ向かう。
そう彼女を殺すためだ。
いつもは気にならない拳銃がやけに重い。
人に向かって引き金を引くのは初めてだ。
だが、不安はない。
引き金を引かないことで失うものの大きさを実感したからだ。
だから私は前に進む。
「……ベラスコ……か」
混沌とする正門入り口に近づくと頭の無い一つの死体を見つける。
かろうじて残っていたドッグタグで認識することが出来た。
明らかに切り傷とは違う、傷痕。
おそらくショットガン。
そしてショットガンを持つのは味方のみ。
ーーーあの女である。
「っ! 大尉! リンメル大尉! なっ、大丈夫ですかっ!」
目を真っ赤に充血させた一人の兵士が駆け寄ってくる。
どうやら私の事を知っているようだった。
「……大丈夫だ、問題ない」
「問題ないって……その怪我……早く後方に!」
肩を貸してくれる兵士。
だが、それを私は振り払う。
「駄目だ! ……はぁ……私にはやる事がある」
「やる事って……そんな状態では!」
「気にするな、時間がない。 それより、ここの指揮官はどこだ? 確か……吾妻が……」
サヴィーノの狙いはおそらく、こちらの指揮官。
この戦場を更に
おそらく彼女的に言えば盛り上がるとでも言いそうだ。
特にこの要塞の将校のほとんどは先の呪術攻撃によりほぼ全てが死亡しており、残るは吾妻の率いる中隊のみ。
ーーーさせない。
彼がやられたら、おそらくこちらは全滅する可能性が高まるだろう。
「……吾妻大尉は先程の爆発で負傷、指揮が取れず後送。 現在、次席指揮官のジルド少尉があちらの屋上で指揮を取ってるはずです」
兵士が指差すのは歩哨用の簡易宿舎の屋上。
そこから迫りくる敵の兵士達に向けて機関銃の弾丸が放たれていた。
素人目にでも分かる。
あそこが防衛線の要衝だ。
崩されれば大幅な戦線の後退は余儀なくされるだろう。
「吾妻がか……。 まぁいい。 お前もついて来い!」
どうやら事態は最悪に向かって流れているようだ。
だが、少しでも悪い流れを断ち切らなくては。
ジルドという将校は名前だけしか聞いたことがないが、とりあえずあの爆発から今まで、短時間ではあるが敵を防壁周辺で押しとどめているのだ。
悪い将校ではないだろう。
「しかし……」
不安そうな顔の兵士をそのままに私は歩みを進める。
ーーーもう限界が近い。
医者だから、いや、自分の体だから分かる。
もって後数分であろう。
そこにはーーー
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