死神の円舞曲 Ⅰ
ーーーもしもあの事件が無かったのなら、私は違った道に進んでいたのだろうか。
おそらく、いや、絶対に統合軍になど入ることはなかったであろう。
「ーーーで、サヴィーノ准尉はどう思います?」
そう私に尋ねるのは篠田上等兵。
この要塞の指揮官となった吾妻大尉の部下だった。
ここはリーズ要塞の司令室。
北方戦線作戦司令部との連絡を任された私と軍医のリンメル大尉、そして護衛の篠田上等兵とポメス伍長は他の部隊とは異なりある意味、平和な時間を享受していた。
目の前に座る篠田は上官達の前なのに相棒のポメス伍長と他愛もない猥談を繰り広げていた。
ーーー正直、乳首が感じるかなんてどうでもいい。
「……はぁ、篠田。 少しぐらいは黙ったらどうだ。 今は緊急事態だぞ」
頭を抱えるのは軍医のリンメル大尉。
彼はなんだかんだと馬鹿二人の相手をしていた。
高圧的な態度を取る男ではあるが根は優しいのだろう。
ーーーまったく、残念である。
「それはーーー」
一言、篠田上等兵が何かを言おうとした瞬間。
私は彼を終わらせた。
その手に持つ拳銃によって。
別に人である彼に恨みはない。
猥談は少しうざかったが、それだけで私が彼に引き金を引く訳ではない。
「篠田っ! がっ!」
相棒の名を叫ぶポメス伍長。
私は篠田上等兵とは異なり、彼の頭ではなく、武器を持った右腕を二度撃ち抜いた。
彼はこの中でも唯一の魔族。
ーーーあぁ、やはりいい。
「なっ! サヴィーノ! ……サヴィーノ?」
何が起こったのか分からず、狼狽するリンメル。
彼に対しても容赦なく腹部に二発の弾丸をぶち込んだ。
「ぐっ……」
「あぁ……」
まるで芋虫かのようにもがく二人の軍人。
もう一人の篠田上等兵は脳幹を撃ち抜かれ即死だった。
「はぁ……別にうるさいから撃ったわけではないんですよ大尉」
仲間であった三人を撃ったのにはちゃんとした理由がある。
少なくとも、私は快楽殺人者ではないはずだった。
これは必要な犠牲というやつだ。
ーーー
「お……お前がやったのか!?」
腹部を押さえながら叫ぶリンメル。
ボディアーマーを装着していなかった彼の腹は真っ赤に染まっていた。
「ご名答、状況から見て明らかでしょうに。 ……あぁ、それは無駄ですよ。 大尉」
「ぐあっ!」
リンメルは腰のホルスターから拳銃を取り出して構えるも、私は彼が引き金を引くよりも早く、銃を構えた彼の左手を蹴り飛ばした。
吹き飛ぶ拳銃は天井に向かい暴発した。
それが唯一の武器であった彼はもう私に抵抗する術はない。
苦虫を噛み潰したような彼の表情が全てを物語っていた。
「……はぁ、大尉はそこで見ててください。 確かポメス伍長は魔族でしたよね?」
「がっ、それがどーーー」
おそらく利き手ではないのだろう。
ぎこちなく左手で腰のホルスターから銃を取り出すポメス。
しかし、私はその手をリンメル同様蹴り飛ばし、彼を無力化する。
「だから無駄ですって。 私、これでも射撃の腕は狙撃手までとはいきませんが、マークスマンになれるぐらいはありますからぁ」
「がぁっ……っ!」
そう言って私はリズミカルに彼の左手、左腕、左肩を撃ち抜く。
苦痛に歪む彼の顔はなんとも甘美な表情であった。
「んー左右の腕を撃ったから次は足でしょうかね」
「がっ!」
更に私は彼の両足を撃ち抜く。
「……やめろ……サヴィーノ准尉……」
「リンメル大尉はそこで見ててくださぁい。 これでも私、普通の人間を殺すのはあまり好きじゃないんですよぉ」
「っ! ……あっ!」
言葉にならない痛みで顔が涙で濡れ、まともな声が出せなくなるポメス。
しかし、私は止めたくもないし、止める気もない。
ーーー少なくとも私の姉や両親はそうだった。
魔族、それだけで罪なのだ。
「も一回、右腕っと! えーと、股間も撃っときましょうか」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あー意外とつまらない叫び方をしますねー。 はぁ……面倒なんで死んで下さい」
股間を撃ったところで一段と大きな悲鳴を上げ、白目を剥くポメス。
もうこれでは玩具にはならない。
そのため、彼の頭を撃ち抜いた。
「っ! ……何故だ……何故、君はそんなことを」
「ーーー当たり前じゃないですかぁ。 私、魔族が大っ嫌いなんですよぉ!」
正直、気分は高揚していた。
こんな気分、何年振りだろうか。
少なくともあの事件以降、こんな気持ちになったことはなかった。
私は軍服のポケットから一つの起爆装置を取り出し、躊躇いなくそのボタンを押した。
すると、
「な……何だこの音は!」
まるで地響きのような音が要塞内に響き渡った。
ーーーそう、これは爆発。
私は事前に仕込んでおいたプラスチック爆弾で正門周辺の防壁を吹き飛ばしたのだった。
まぁ、正確には防壁の下の榴弾砲の弾薬保管区画を、であるが。
「今、正門周辺の防壁を破壊しましたぁ! はぁ……まったく天はこんなチャンスをお恵みになるなんてっ! 神に感謝ですねぇ!」
「おい……それは……それでは……」
「敵が入ってきちゃいますねー。 きゃはっ! 最高っ! まさか、こんな日がくるなんて! いっぱい魔族を殺せますねぇ」
この要塞内にいる魔族の総数は百を超える。
しがない統合軍将校である私にそれだけの魔族を殺せるチャンスは今を除いて他はなかった。
「しょ、正気かっ!」
「……正気ぃ? あははっ! 大尉は何を言ってるのですかぁ。 六年前のあの日からぁ、とっくに狂ってますよぉ! ははっ!」
「六年前……だとっ!?」
「そうあの日、私の自慢だった姉が凌辱され、家族が殺された……全てを失った日からね」
「なっ!」
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