死地はかく囁く Ⅴ
「はい。 ですが、少なくとも一人あたり千発の弾丸を撃てばこちらに勝機はあるかと」
敵の大軍に対してこちらは圧倒的な寡兵である。
しかし、剣や弓などの旧時代の相手の武器とは異なり、こちらには毎分六百発発射できるアサルトライフルやサブマシンガンを一人一人に装備させている。
それに加え、榴弾砲に迫撃砲、防壁や見張り台には機関銃を備え付けてある。
敵の勢いにさえ呑み込まれなければチェスの言う通り勝機はあった。
「それはいい、チェス軍曹。 隊員達にはどれほどの弾を配った?」
「一人千二百発、もっと持っていきたい奴は好きに持ってけと」
「なら、我々が撃つ敵はいなさそうだ。 優秀な部下を持つと楽だな」
「ええ、その通りです」
「……チェス。 正直なところ、敵の正面圧力に対してこちらの防衛線は待ちそうか?」
ーーー理論と実戦は違う。
仮に理論上可能な事であっても、戦場では人は単なる駒ではない。
意思ある一人の人間なのだ。
腹も減れば、休息も必要だ。
もちろん、ミスだって起こり得る。
それは敵も同じであるからこそ、戦場では何が起こるのか分からないのだ。
「それは……ギリギリかと。 門や防壁に敵が密着することは無いのですが、その手前十メートル以内には入られることはしばしば。 榴弾砲や迫撃砲の威力は凄まじいのですが、敵は砲弾が炸裂した際に出来た大穴をうまく利用してこちらの銃撃を避けながら接近して来ます。 それに加えて、敵は正面突破よりも包囲殲滅を考えているようで次第に側面圧力が強くなってきてます」
「正面も側面も時間の問題だな。 ……本部からの増援が間に合うかが問題か。 側面圧力の対応は誰がやっている?」
「ベラスコ曹長と野口軍曹です。 二人とも左右に分かれ三十五名づつ率いて敵を牽制してます」
「ふむ……この基地の大きさから考えて完全に包囲されてしまうと過度な戦力の分散を招くことになり突破されかねない。 チェス軍曹、正門周辺の防衛から何人か引き抜けるか?」
「……十人が限界かと」
「よし、それでいい。 ジルド!」
俺は隣で自身の装備を念入りに確認していたジルドに話しかける。
ーーー確か、ジルドは実戦が初めてか。
色々とサポートしてやりたい気持ちはあるが、それを配慮できるほど現実は甘くなかった。
「はい!」
「今率いている対『呪術』対策チーム及びチェス軍曹が引き抜いた人員を連れてベラスコ曹長達の応援に向かってくれ!」
「了解です。 ……ただ左右のどちらから先に応援に向かえば?」
「難しいところではあるな。 チェス、あのヘリと連絡は取れるか?」
俺は空から敵を銃撃している味方の輸送ヘリを指差した。
おそらく副隊長のエミリーが敵部隊の足止め及び砲兵隊の弾着観測をするために残したものだった。
「はい、可能です。 うちの部隊からは第一小隊のプラシド軍曹が乗り、砲兵隊の弾着観測を行っています」
「ならヘリを要塞の直上に回せ! ジルド! プラシドと連携しながら、適宜、左右の火力が不足する方に応援に行ってくれ! 基地内の車両は何を使っても構わない!」
「了解です!」
「……ふう、チェス、後は頼む。 まだ敵とは顔合わせしていないんだ。 ちょっと挨拶してくる」
「はっ!」
そう言って俺は近くの防壁に登り、周囲を見渡す。
ーーー見渡す限りの人、人、人。
それは波とも言っても過言ではなかった。
砲弾によって舞い上がる土埃と硝煙は雄叫びを上げながら駆ける兵士達を容赦なく襲っていた。
ーーー何が彼らを突き動かすのだろうか。
そう思えるほど彼らの動きは献身的であった。
幾重にも積み重なる仲間の死体、それを踏み越えて更なる突撃を敢行する彼らの勇気は称賛に値した。
しかし、六十ミリの迫撃砲弾に加え、百五十五ミリ榴弾砲による砲撃に慈悲は無かった。
隣にいる者すらも見えなくなるような濃い爆煙の中、さらに要塞からの銃弾の雨が降り注ぐ。
まさにこの世の地獄だった。
「……おや、大尉。 要塞の観光においでで?」
防壁に備え付けられた榴弾砲の着弾観測を行なっていた一人の下士官が俺に話しかける。
「そうだ。 メインステージの場所はここで間違いないだろうか?」
「もちろんですとも。 今ちょうど、メインキャストが揃ったところです」
「なら重畳だ。 そうだな、ささやかながら他のキャストにプレゼントを用意した。 あ、あー。リーズ要塞にいる全ての隊員に告ぐ、私はサヴィーノ准尉から指揮権を譲り受けた吾妻大尉である。 敵を石器時代にしている中、悪いが一つ朗報がある。この前、准将とのポーカーでもらった二十五年物のスコッチがあってな。 ささやかながらではあるが、一番多く敵を倒した奴に進呈しよう。 以上だ。 各員行動に励め!」
防壁のあちらこちらで歓声が上がる。
軍人にとって酒は最高の癒し。
特に二十五年物のスコッチなんて入手困難な代物だった。
「なら、我々砲兵隊がいただきですな」
「砲兵隊は除く、だ」
「そりゃひでぇ」
悪態をつく砲兵隊の下士官。
榴弾砲の装填作業をしていた兵士達からブーイングを受ける。
苦笑いしながらも、『さっさと撃て』と命じようと思ったその瞬間だった。
轟音が響き渡り、一瞬の無重力状態。
そして下から突き上げてくる強烈な風。
体は抗うことは出来ず、視界が反転する。
自身が吹き飛ばされた事を認識した頃には皮肉にも雲一つない青空を視界は捉えていた。
ーーーあぁ、なんて。
遠のく青空、それに手を伸ばそうとした瞬間。
ーーー視界が真っ暗になった。
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