死地はかく囁く Ⅳ


 ーーーそれは朗報だった。


 リーズ要塞の指揮を任された俺、吾妻新太郎は司令室にサヴィーノとリンメル、そして護衛の二人の兵士を残し、敵が集結しつつある要塞正門へと向かっていた。


 ちょうどその際、対呪術対策チームを率いていたジルド・マドリガル少尉に合流することができ、敵の呪術に関して俺とセラフィナの想定が当たっていたこと、そして敵の呪術の継続時間は発動から約十五分であると知らされた。


 要するに、呪術の媒介物となる武装した民間人を殺しても守護札タリスマンの有効時間がその後、十五分以上あるのであれば、敵の呪術攻撃は防げるとのことだった。


 現在の俺の守護札タリスマンの残り時間は三十分。

 第二十九歩兵大隊の隊員達は俺達よりも十分程度早く起動したため、残り二十分。

 そのため、後五分以内に敵集団の前方にいる二万の武装した民間人を殲滅すれば、こちら側に被害はないはずだった。


「ーーー始まったか……」


 要塞内に響く轟音。

 先程、俺は砲兵部隊に榴弾砲、迫撃砲の使用を命じたのだった。

 ただ、リーズ要塞の砲兵部隊も先の武装した民間人との戦闘でかなりの数を消耗しており、稼働できる榴弾砲は正門脇のニ門のみ。

 迫撃砲は小銃小隊の隊員の一部を引き抜き、何とか二十門を稼働させている。


 正直、砲撃を集中出来るのは正門の正面のみ、この要塞を取り囲むように敵に展開されれば火砲による優位性はほとんど失うことになる。

 というか、包囲戦になればこちらにはそれを支える為の人員はいない。


 支えられて二方面だろうか、要塞を取り囲む三百六十度の敵には対応出来なかった。

 囲まれれば戦線の退はやむを得ないだろう。


 元々この要塞に配備されていたラミロ少佐率いる大隊は約千名もの隊員達がいたが、現在は約四百名にまで数を減らしていた。

 俺の率いる中隊と合わせても六百名。


 火砲が有効に運用できない以上、三十万以上の敵と対峙するにはあまりにも寡兵と言わざるを得なかった。

 現在のところ、敵は正門のほぼ正面に部隊を展開しているとのことなので何とかなっているが、囲まれれば、最悪の事態になるのは時間の問題だった。


「そのようです。 防壁に待機している兵士達も発砲を始めたようです」


 西部中尉の応援に行ったセラフィナに代わり副官業務を担うのはジルド。

 現在彼が砲兵部隊及び防壁にいるベラスコやチェスなどの守備隊との連絡を行なっていた。

 敵の『呪術』の解析が終わった以上、彼の対策チームにやれることは無く、俺は臨時で本部小隊として彼らを組み込んでいた。

 各小隊から選抜した彼らを今更戻すのは時間の無駄だからだ。


 一方のセラフィナはというと、捕虜の反乱に喘ぐ西部中尉の応援に向かった。

 また、苛烈な敵の突撃から耐えている正門部隊からも第三小隊を抜き、南ブロックへと向かわせている。

 

「それは重畳。 ええっと……この角を左か、ジルド?」


「右です。 ほら、見えてきました、あちらが正門入り口です」


 本来であれば籠城する側はホームであろう。

 しかし、配属されたばかりの俺にとってはアウェイそのものだった。

 急ごしらえ故に同じ建築方法、そして同じサイズの要塞内の建物は人を迷わすには十分であった。


 ーーー流石は士官学校首席卒業。

 ジルドは既に要塞内の地図が頭の中に入っているようだった。

 初見であるのに指示に迷いが無い。

 戦闘経験は浅いが頼りになる将校であった。


「すまないな。 おっ、あれがそうか。 チェス、聞こえるか?」


『こちらチェス、大尉よく来られました。 こちらです』


 正門の入り口に着くとそこには、万が一、門が破られたことに備えて、機関銃を備え付けた高機動車が三台待機していた。


 正門や防壁の足場では兵士達が要塞に近づく敵を忙しなく撃ち続けている。

 遠くから聞こえる悲鳴に兵士達の怒号。

 ーーーまさにここは戦場だった。



 インカムでチェスを呼び出すと、ちょうど迎えに来る頃合いだったのか、防壁の階段から降りてくる一人のコボルトの姿が見えた。

 彼に近づき、声を掛ける。


「どうだチェス、状況は?」


「何とか最悪は脱した、かもしれません。 例の武装した民間人の一団は既に殲滅いたしました」


「……残り二十三分か。 ふぅ、ギリギリだな」


 俺は自身の守護札タリスマンの残り時間を確認した。

 リーズ要塞の隊員達は守護札タリスマンを十分早く起動しているため、残り時間は十八分。

 敵の『呪術』の効果時間は武装した民間人を殺害してから十五分。

 本当にギリギリだった。


「えぇ、砲兵部隊がいなければ間に合わなかったでしょう。 ……ただ一つ懸念が。 後続の敵の正規兵は武装した民間人とは異なり、砲弾や銃弾の被害が最小限になるように散開しながら近づいて来ます」


「……はぁ、敵も流石に一筋縄ではいかないか。 いや、これだけ短時間にこれだけの人員を展開したんだ、敵の指揮官は相当の策士だろう。 現在正門及び防壁の防衛に回っているのは何名だ?」


「砲兵隊を除けば、一個中隊強、約二百七十名といったところでしょうか。 敵がもっとも集中している正門周辺に二百名、包囲しつつある敵を牽制するために七十名ほど使っております」


「……敵の魔法攻撃での損耗が痛いな。 半数以上が損耗した状態で三十万の敵か。 ……これは歴史に残る戦いになりそうだな」


 リーズ要塞に元々配備されていた第二十九歩兵大隊の人員は千名。

 未だ正確な数字は分かってはいないが、敵の魔法攻撃、及び捕虜達の反乱によって、その半数以上が失われてしまっていた。

 戦力の五十パーセント以上を失う、いわゆる『壊滅』。

 それが、現状であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る