死地はかく囁く Ⅲ
「……これは……」
その光景に言葉が詰まるのは、セラフィナ・マドリガル少尉。
彼女は中隊長の吾妻の副官であり、高位の魔術師であった。
「おじさんが率いてる部隊の残りは……二十人ってとこかな。 ……南ブロックを管理してた小隊は全滅。 敵の魔術師は精鋭だったよ。 それに例の武装した民間人、いや民兵と呼ぶべきかな。 彼らも反乱に加わっていた」
目の前の光景は真っ赤に染まっていた。
敵味方の死体が積み重なり、凄惨な戦いであったことが一目瞭然だ。
私はレイ伍長の瞳を閉じてやり、立ち上がる。
疲労や戦闘による負傷だけではない重さがのし掛かる。
ーーーまったく、こういうのは嫌だね。
「まさか中尉……彼らを?」
「わかってる。 自分を撃った奴を殺す『呪術』でしょ。 ……こいつらが術者だと助かるんだけどね」
殲滅した武装した民間人は敵の『呪術』という魔法の媒介物だ。
彼らを殺せば、その殺した者が『呪術』により自ら死ぬことを選択する。
ただ、
もっとも、その呪術をかけた術者さえ始末してしまえば問題は無いはずなのだが……。
「そうですね……。 一応朗報なのですが、先程ジルドの調査結果が出まして、敵の呪術の継続効果時間は十五分だそうです」
「仕事が早いね、彼は。 十五分か……。 じゃあ、おじさん達は……はぁ、大丈夫そうだね。 それでこの音かい?」
自身の
率いていた隊員達は元々リーズ要塞に配属されていた者達であり、自分達よりも十分ほど早く
ーーー本当にギリギリだ。
先程から絶え間なく響き渡る榴弾砲や迫撃砲の音はおそらく、現在この要塞の指揮を取っている隊長の吾妻が命じたのだろう。
どうやら要塞正面には先程の武装した民間人が殺到しているらしかった。
ーーー間に合ってくれるといいのだけど。
「はい。 敵の最前線には武装した民間人がおり、大尉は大隊の隊員達の
「だけど……まぁ、よそうか、この話は。 敵の魔法攻撃の次は物量戦か。 本部からの増援はいつ頃到着だい?」
「今からですと……空爆部隊が後二十分で到着との事です。 空中機動部隊はその十五分後だと」
「じゃあ、それまで耐えればこちらの勝ちってことかな」
「そうなりますね。 空爆も要請してますし、要塞内に入られなければ何とかなるかと」
「……はぁ、まったく敵は何を考えているんだか。 おじさん、分かんなくなっちゃったよ。 そういえば、敵の正確な規模は分かったのかい?」
「はい、最新の報告によると三十二万だと。 ただ
依然増え続けているとのことです」
「うげぇ! そんなにかい? ……はぁ、随分と嫌われたもんだねぇ」
「敵の懐に要塞を建設し、示威行動をする事を決定した外交委員会と軍部に文句言ってやりた気分です」
「まぁ、現場を知らない連中は好き勝手やるもんさ。 でもいつも割りを食うのは現場の人間さ、まったく人を何だと思ってるんーーー」
上層部への悪態をついていたその時だった。
慌てた様子の鬼軍曹チェスの声が骨伝導式のインカムから流れてきた。
彼は今、敵が集中している正門周辺の防壁で敵を迎え撃っているはずだった。
『こちらチェス! 西部中尉! セラフィナ少尉! 聞こえますでしょうか!』
「こちら西部、セラちゃんもいる。 どうした?」
『何者かの手により、要塞正門で爆発! 防壁が崩れ要塞内に敵の侵入を許してます!』
「なんだって!?」
ーーー爆発。
それはあり得ない。
キネロ王国には未だ黒色火薬すら発明に至っていないはずだ。
仮に彼らが火薬を手に入れたとしても高さ約五メートルもの土壁を破壊するほどの威力は有り得ない。
……だとすると、内部の犯行。
まさかーーー
『また、爆発に巻き込まれた吾妻大尉が負傷! 指揮が取れない状況です!』
「吾妻君がっ! ……指揮は誰が取ってる!」
『ジルド少尉です! 防壁周辺で食い止められるのも時間の問題です! 撤退場所はどうなさいますか?』
「そんなに酷いのか……」
『……ええ、爆発に巻き込まれた隊員も多く、もって後十分というとこではないでしょうか』
「……わかった。 全員、遅滞戦闘! ヘリポートまで後退!」
「……中尉……」
どうやら彼女は私が意図する事を理解したようだ。
遅滞戦闘でどれほど時間が稼げるか。
それ次第であるが、撤退というのもあり得る。
敵の『呪術』による攻撃から始まり、この要塞は数多の敵の攻撃にさらされてきた。
撤退支援の問題もあるが、既にこの要塞内の戦力は輸送ヘリ六機分の定員にまでは減っているのだろう。
だとしたらーーー
「……セラちゃん、いやセラフィナ少尉。 アッシュフィールド中尉を呼び戻して。 あと、第三小隊に武器庫破壊を命じる」
「了解です。 すぐにかからせます!」
元サラリーマン、いや、風俗通いの挙句、妻と子に逃げられた中年の男にはあまりにも荷が重い戦いが始まろうとしていた。
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