死地はかく囁く Ⅱ



「中尉! 三時の方向!」


「あいよ! これ以上はさせないよん!」


 引き金を引くと残像を伴い近づいてきた敵魔術師の腹部に風穴が開く。

 敵の残りは二十というところだろうか。

 こちらの部隊は寄せ集めであり、魔術師はいるものの対魔術師戦のエキスパートではない。


 身体強化魔法を駆使する魔術師を普通の人間が相手にするにはしかない。

 要するに自分を囮にして、敵が襲ってきたところを狙い撃つのだ。

 いたずらに敵を追って撃っても意味はない。

 通常の倍以上ものスピードで動く相手の行動の選択肢を減らし、敵の優位性を少しでも削る。


 そう私は隊員達に周知したものの、所詮付け焼き刃。

 対応出来る者は少なく、時間と共にこちらの被害が拡大する一方だった。


 もちろん増援は頼んである。

 しかし、最高指揮官を始めとした将校の死亡により、このリーズ要塞は機能不全に陥っており、かつ、敵の総勢三十万もの軍勢が迫っているという。

 おそらく、増援は期待できそうになかった。


「中尉! 助けーーー」


「っ! このっ! しつこいのはおじさん嫌いだなぁ!」


「っあっ! あ……」


 再び敵魔術師に狙われるレイ。

 弾切れのショットガンでは間に合わず、腰からナイフを引き抜き敵に飛びかかる。

 間一髪、レイの心臓が手刀に貫かれる前に敵の背後に覆いかぶさる事ができた。

 後は簡単、猟奇的殺人鬼の如く、敵が動かなくなるまで刺し続けるのだった。


 ーーー怖気づくレイ。

 無理もない、彼女は探知系の魔術師で戦闘には不向きだ。

 その震える体をどうにかしてやりたいが、流石のおじさんもそんな余裕はなかった。


「あ……ありがとうございます」


「いいって! ……みんなきっつい状況だけど、踏ん張るんだよ! 最高齢のおじさんが頑張ってるんだから若い人は尚更っ! だよ!」


 私はあえて物陰にから顔を出し、距離的に当たらないと分かっていながらも敵魔術師に発砲し、部隊を鼓舞する。

 ここで折れたら確実に殺られる。

 なんとしてでも部隊の士気を上げる必要があった。

 ーーーこういうのは吾妻君の得意分野なんだけどねぇ。


「っ! この、あがっ!」


 また一人、近くの隊員が犠牲になるも、


「はぁ、命は大事だって! 学校で習わなかったの!」


 ため息混じりの一撃が敵を捉える。

 味方を犠牲にしながらの殲滅戦。

 まるでチキンレースのようだった。

 一人、また一人と敵を倒すごとに味方も倒れる。

 若者を守るために軍に残っているはずなのに、若者を先に死なせてしまう。


 ーーーまさにこれは悪夢だ。

 そう思った瞬間だった。

 背中から強い衝撃を受け、前方に押し出される。

 聞こえたのはレイの一言だった。


「中尉!」


「っ! あだっ! レイちゃん?」


 振り向くとそこには、


「ずみば……ぜん……」


 敵の手刀に心臓を貫かれたレイがいた。

 その頬から流れ落ちる涙は死への恐怖か、それとも親よりも早く先立つことの申し訳なさか。

 あるいはーーー

 人の一生は刹那である。

 一人、また惜しい若者失う。


「っ!」


 敵は目の前、今引き金を引けば、レイ共々敵を倒すことは可能だった。

 もう助からない味方、それならばその味方ごと敵を撃ち抜くことももう慣れたはずだった。


 だけどーーー

 どうやら私も一端の人の親なのかもしれない。

 彼女の姿があまりにも娘と重なってしまい引き金を引けなかった。

 一瞬の躊躇いは敵にとっては絶好の好機。

 それも精鋭の魔術師であれば見逃すはずもなかった。

 気付けば敵の手刀が目の前に迫っていた。

 ーーー日和っ!

 娘の名を叫ぶ、その時だった。


「凍てつけ、我が聖域の侵入者よ。 白銀の女神の名の下に魂の解放を!」  


 手刀で襲いかかる敵が一瞬で凍りつき、動きを止めた。


 ーーーギリギリだ。

 ギリギリで助かった。


 既に敵の手刀は私のボディアーマーの第一層を貫通したところだった。

 聞いたことのある魔法詠唱、それはが得意とする氷結魔法の一つだった。

 その魔法の効果範囲は交戦地帯一帯に広がっており、味方以外の全てのモノが凍り付いていた。


「第三小隊! 撃て!」


 そのの号令で凍りついた敵に容赦無く銃弾の雨が降り注ぐ。

 まるでガラスが割れたかのようにバラバラに砕け散る敵の魔術師。


「……遅いよ、セラちゃん」


 ーーー奇跡の増援。

 いや遅すぎた増援と言っていいだろう。

 後一歩早く来てくれていれば、あの子は助かった。

 そんなこと口には出せないが思ってしまう。

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