死地はかく囁く Ⅰ



 ーーー約八年前。

 私、西部ニシベ耕三コウゾウは風俗通いがたたり、妻と子に逃げられた、ただのうだつの上がらないサラリーマンだった。



「ちょっとちょっと、どうなっちゃってんのよこれ! おじさん困っちゃうよぁ」


「中尉! 一時の方向に二人!」


「はいよぉ! これはおじさんからのサービスねー!」


 そんな私が何故部下の命じた方向にショットガンをぶっ放しているのだろうか。

 ーーー全く世の中は何が起こるか分からないものである。


 そして敵の魔術師の頭が真っ赤に花開く、その光景を見てもなんとも思わなくなった自分がどこか物悲しくもある。

 中年真っ只中、現在五十歳の私は八年前、ちょうど会社をクビになったのをキッカケに統合軍へ入隊した。

 四十二歳で軍隊に入隊、正気の沙汰ではなかった。

 しかしそれが許されるほど『東京』は狂っていた。


「はぁ、もっと老人を労れっての」


 ーーー虚空に消えていくため息はまるで自分を鼓舞するかのようだった。

 正直、この歳で最前線での戦闘はキツイ。

 すぐに呼吸も荒くなるし、体の節々がちょっとした事で悲鳴を上げる。


 もちろん、軍から事務方へ移動の打診もある。

 また、それなりにキャリアもあるから民間企業に転職したっていい。

 今のご時世、天下りは正義である。

 だけど、自分の娘達と同じくらいの年齢のが無慈悲な戦場で命を散らすのはどうにも納得できないのだった。


「……すいません中尉」


 謝るのはレイ・モナケージ伍長。

 娘と同い年の女性兵士であり、魔術師でもあった。


 現在、我々の部隊はリーズ要塞に捕虜として偽装し、侵入した敵魔術師達と交戦中である。

 守護札タリスマンの効果の及ばない身体強化魔法を駆使する相手を補足するため、彼女に索敵魔法を行使させていた。


 身体強化魔法を使う魔術師はそれこそ種族的に動体視力の高い者を除き、まともに視認する事は出来ない。

 ーーー老眼なら尚更である。


 彼らは現代兵器を利用する我々の天敵かと思いきや、ざっくりとした位置さえ分かれば、弾幕を張って対処する事は可能だ。

 ようは何処に動いても弾が当たるようにしてやればいい。

 その為のショットガンである。

 もっとも、こちら側の陣形が整ってなければやられたい放題なのだが……。


「いいのいいの悪いのは敵さんだから。 レイちゃんは関係ないからねー」


「しまっ! 抜けらーーー」


 物陰に隠れ一息整える、単にそれだけの時間だったはずなのに、


「がっ! ご……ご……」


 隣で弾幕を張っていた隊員の心臓が接近した敵魔術師の手で抉り出され、その場で握り潰される。

 9ミリの弾丸にも耐え、剣などの刺突も防ぐボディアーマーは身体強化魔法を駆使する魔術師には無意味だった。

 ーーーこれで十一、いや二人目か。


「ひっ! くるっーーー」


 レイの悲鳴、こちらを向く敵魔術師。

 だが、


「やろうっ!」


 数多の戦場を駆け抜けた私の反応の方が早かった。

 ーーー戦闘経験の浅さか、いや、おそらく魔法の術式そのもののせいなのだろう。

 敵は攻撃が終わった瞬間、一瞬ではあるが挙動が遅くなる。

 味方を犠牲にする方法ではあるが、既にやられてしまった以上、その瞬間を狙うしかない。

 狙うは首元。 

 ショットガンの引き金を引く。


「ぐぁ!」


 敵魔術師は声にもならぬ悲鳴を上げ、仰向けに倒れる。

 一撃さえ当てればいい。

 特に十ゲージ、直径約二十ミリのスチール散弾を近距離で浴びればたとえ敵が魔術師であっても命は無い。


「っはぁ!」


 肺に溜まっていた空気を一気に吐き出す。

 ーーー死ぬかと思った。

 ギリギリのそれこそ死線を数多く潜り抜けてきたけども、今回の戦いはその中でも断トツでキツイ。

 今度は少し離れた所で悲鳴が上がる。

 おそらく味方のだ。


 ーーーこれで十三人か。

 敵の魔術師の規模は三十。

 それに彼らを援護する武装した民間人が百といったところか。

 捕虜の総数は二百人と聞いていたが、存外少ない。

 おそらく、南ブロックの捕虜収容所を管理していた部隊が頑張ったのだろう。

 今はもうこの世に存在しないのは残念だ。


 彼らには感謝しかないが、残っている敵魔術師達は精鋭中の精鋭。

 武装した民間人のその殆どは撃滅出来たが、魔術師がどうも上手くいかない。

 四十名程いた私の部隊も残りが、二十七、いや二十六名にまで減っていた。



 ーーーこれはマズいねぇ。

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