スクルドの溜息 Ⅲ


「中尉……これを!」


 ーーー状況は最悪だった。


「……何なのこの状況は」


 上空に上がった輸送ヘリの前部ハッチから高村が指で指し示すのは、波。

 いや波としか言いようがないものだった。


「まさかここまで頭数を揃えてくるとは……」


「早く隊長に連絡を! ……この部隊の展開スピード、綿密に計画されていたに違いないわ!」


 波の正体は人。 それも武装した兵士達であった。

 数は正確なものは分からないが、十万を超えるのは明らかだった。

 彼らは各々に剣や槍、弓などを持ち、リーズ要塞へ迷いなく向かっている。

 要塞までの距離は約二キロメートル。

 既に榴弾砲の攻撃範囲内、いや小銃でも届く距離だった。

 まさに目と鼻の先、既に先の戦闘でリーズ要塞の防壁前の地雷原は無効化されているため一刻も早く砲撃しなければ要塞が突破されるのも時間の問題だった。


 ーーー先の戦闘の際の索敵にも引っかからず、よくこんな大部隊を……。

 ラミロ少佐達が索敵を怠っていたとは到底考えられない。

 おそらく魔術による隠蔽か、それとも敵に相当な策士がいるか。

 どちらにせよこちらの流血は避けられそうになかった。


『こちら井上。 中尉、一時の方向! 三キロ先の川沿いを見てください』


「あれは……揚陸艇……モドキね。 座礁するのも折り込み済みってことかしら」


 無線から聞こえる井上の支持に従い、双眼鏡を向けるとそこには大きな川があり、大航海時代の大型帆船を彷彿させる船が数多く停泊、いや座礁していた。

 川の下流の方が浅くなっている影響か、それともスピードを重視した結果かは分からないが敵はその大型帆船を惜しげもなく陸に乗り上げさせていた。

 中には転倒している船もチラホラと確認できる。

 まさに揚陸艇の運用方法だった。


『おそらくは。 敵はどんどん船を乗り捨ててますから』


「流石のラミロ少佐も川の上流までは索敵はしなかったのね。 ……歴史の浅さが招いた結果とでも言おうかしら」


 旧魔王軍出身の者が学ぶのは基本的に現代戦術。

 それ以外を学ぶのは本人の興味次第だった。

 既に川を使った人員・物資の移動は日本では戦国時代に豊臣秀吉が行っている。


 もし川があるのならその上流・下流は徹底的に索敵し、場合によっては破壊工作もしなければ不安は残るだろう。

 この人数を動員するのには一日二日でどうにかなるものではない。

 ヘリも配備されているのだからしっかりと索敵すれば敵の兆候ぐらいは見つかるはずだった。


『がははっ! 敵には豊臣秀吉でもいるのかもしれませんな』


 豪快に無線で笑うのは田中少尉。

 彼は兵士というよりは武人だった。

 おそらくこの軍勢を前にして怖気づくのではなく、血が滾っているのだろう。

 流石、戦闘民族サムライの子孫である。


「そうね。 だけどやり方は旅順攻略戦だわ」


 敵は明らかにこちらの砲撃や銃撃を警戒しているようで、リーズ要塞に近づくにつれて兵士同士の感覚を開けていく。

 ーーー敵の指揮官は理解している。

 一箇所にいれば砲撃や銃撃で一網打尽にされてしまうことを。

 それにーーー


「……あれが例の……」


 隣で同じく双眼鏡を構えていた高村が言葉をつまらせるのも無理はない。

 正直、私も同感だ。

 できれば戦いたくはない。

 しかしーーー


「武装した民間人ね。 やはり全面に押し出してきたか」


 戦わねばなるまい。

 ーーー生き残るために。

 敵の軍団の最前列は先のリーズ要塞の戦闘で問題となった武装した民間人だった。

 正規の兵士たちと違い、鎧などは付けていないし、服装もバラバラ。

 武器は農具や棍棒など貧相なものであった。


『こりゃ、厳しい戦いになりそうですな』


 その嗄れた声で呟く田中少尉の一言はまさに私達の思いを代弁したものだった。


「……考えたくもないわ。 高村、基地に連絡、榴弾砲での攻撃準備を! 田中機は僚機を連れて低空を飛んで敵の牽制を! 井上機は僚機と共にセンサーを利用し敵魔術師の探索を!」


『『了解!』』


 残念ながら私は未だに米国籍であるため統合軍の中でも在日米軍の派閥に組み込まれている。

 統合軍内では旧魔王軍、在日米軍、旧自衛隊など色々といがみ合い、時には死者なども出ている。


 ーーーあぁ、馬鹿らしい。


 その争いは目の前の光景に何の意味があるのだろうか。


 その争いで死んだ私の両親は何の為の犠牲だったのか。


 ーーーあぁ、あぁ、馬鹿……らしい。


 そして私は誰かの親をそして子供をこれから殺すのだ。


 ーーーだから軍隊など嫌いなのだ。

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