スクルドの溜息 Ⅱ
「マリアーノ、あなたも暇なら手伝いなさい」
私は手持ち無沙汰にしている一人の将校に話しかける。
「あら、ミズ・アッシュフィールド。 あなたに指図されるいわれはなくってよ」
高圧的な態度を取る彼女はクストディア・マリアーノ少尉。
元はトロス王国の貴族の令嬢であったが、独立都市『東京』に母国が併合され没落、やむなく統合軍に入ったとのことだ。
最近やっと見習期間が終わり、准尉から少尉へと昇進を果たしたのだが、未だに貴族の令嬢さが抜けていないのだった。
ーーーまったく、最近の士官学校の教育はどうなっているのかしら。
現在は隊長の指示に従い、ヘリポート防衛の為の陣地設営を行なっている。
彼女が活躍するのは最悪の場合、ようはこの要塞内に敵が雪崩れ込み、撤退せざるを得ない状況だ。
出来ればその状況だけは回避したいものである。
「いや、あるわよ! 私はあなたの上官、これは命令! いい?」
「……まったく、
「ーーーそれは重々承知よ。 ただ、あなた達にはまだ時間的猶予はあるでしょ? 私達は直ぐにでも飛び立たなきゃいけないのよ」
敵の魔法攻撃が成功した今、弱体化した要塞を敵が放置するはずがない。
必ずこの機に乗じた第二波が来る。
その索敵及び迎撃が私達の任務であった。
「それは分かってますわ。 だから今、高村に基地の武器庫から余剰分のライフルグレネードを持ってこさせてますわ」
「……そう、なら重畳よ。 だけど勝手に私の副官を使わないでちょうだい……報・連・相は軍人でなくとも社会人としての常識よ」
何にせよ彼女は自由すぎる。
高村軍曹は私の副官、本来であれば彼女に命令する権限は無いはずなのだが……。
もっとも、彼女は決して自分本意な振る舞いをする人間ではない。
ーーーちょうど私もライフルグレネードの追加が欲しいと思っていたところだ。
周りの意を汲んで行動できるのは素晴らしいものではあるが、軍隊という武装したお役所仕事の現場では、部隊や上官が違えば不利に扱われる可能性がある。
その手法が強引であれば尚更だ。
彼女に軍隊での身の振り方を教えるのも上官の務めだろう。
これでも彼女は私にとって可愛い部下であることに変わりはないのだから。
「っ……了解ですわ」
言葉とは裏腹に納得していない表情のマリアーノ。
ーーーいま明らかに小さく舌打ちしたよね?
元貴族の令嬢ではなく、元田舎のヤンキーの間違いなのではないだろうか。
どうやら彼女は軍に入る前、シンタロウと何かしらの縁があったらしく、とても彼に懐いている、いや恋愛感情があるのは明らかだった。
そのため、彼に親しい私に明らか露骨な態度を示すのだった。
まぁ、若いってものあるがまったく……。
ーーー後で女の社会の厳しさを叩き込んでやろう。
「田中! 井上! そっちは後どれくらいで出来る?」
マリアーノを捨て置き、私は他の隊員達と共にキコキコと機関銃をヘリの後部ハッチに取り付けている田中、井上両名に尋ねる。
「三分、いや後二分で出来ます!」
「こっちも同じくらいですわ!」
「そう、では高村のーーー」
高村の帰りを待つ、そう言おうとしたその時だった。
「中尉! 危ないっ!」
「ーーーっう! 何っ! ていうか何やってんのよジルド!」
男の叫び声と同時に目の前を猛スピードで横切っていく一機のドローン。
あまりの近さに鼻元をかすったかのような錯覚を覚える。
「すいません……まだ操作に慣れてなくて……」
犯人は第三小隊を率いるジルド・マドリガル少尉だ。
彼もマリアーノと同じく最近見習いを卒業し、少尉になったばかりの将校だった。
経験は浅いものの指揮官としては優秀であり、魔術師資格も持っていることから、今問題となっている敵の『呪術』攻撃の対策チームを率いている。
さっき目の前を横切ったのは、最近配備されたばかりのおそらく魔術調査用のドローンだろう。
八年前であれば高級外車一台分のそれは、輸送機の側面にぶつかり虫の息でフラフラと空中を漂っていた。
ーーー壊さないでよ……後で始末書書くのは私とセラフィナなんだから。
彼は親にぬくぬくと甘やかされて育った影響か、どこか抜けているのだ。
見知った親の顔を思い浮かべるとどこかため息が出てしまうのも無理はなかった。
あの親にしてこの子あり、まぁでも任務とかでポカをやらかさないので問題はないと思うのだが……。
ーーー子育てって大変ね。 ……自信なくなるわ。
「……はぁ、まったく。 ラジコンなら広いところでやりなさいって親に教わらなかったの?」
「すいません。 ……というか魔王国にラジコンはーーー」
「お待たせしましたぁ! グレネードです!」
部下数名と共に汗だくで駆け込んできたのは件の高村軍曹。
超がつくほどの体育会系の性格に加え、トレーニング好きが功を奏したいわゆるゴリマッチョという肉体は、湯気が出るほどの汗と相まって暑苦しいことこの上なかった。
運ばれてきた台車の上にはライフルグレネードの箱がいくつも積み上がっていた。
流石、両肩にちっちゃいジープが乗っているだけはある。
高村の台車だけ積んでる箱が倍であった。
ーーー後で積載量オーバーの大胸筋、とでも褒めといてやるか。
「作業が終わった第一小隊、第四小隊の隊員は積み込めるだけグレネードをヘリに積み込みなさい! それとブラックホークダウンみたいになりたくなければ、必ず暗視ゴーグルを忘れないように」
ーーーここからが本番だ。
六機の輸送ヘリに二個小隊でどこまで敵を足止めできるか。
いくら敵が剣などの旧時代の武器だからって侮ることはできない。
数の暴力には結局のところ勝てないのだ。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
願わくは彼の心がこれ以上擦り減りませんようにーーー
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