スクルドの溜息 Ⅰ


ーーー在日米軍、その枕詞は嫌いだ。


 私、エミリー・アッシュフィールドは東京の多摩、横田基地内にある病院で生まれた。

 ここまで言えば察しのいい人は分かるだろう、私の父は米国空軍の軍人であった。


 生まれは一応、米国。

 育ちは親日家の母の影響で基地外の小・中・高校へと進学した。

 もちろん、大学も日本の戸塚にある大学だ。

 正直、母の実家のウッドワードや父の実家のサンアントニオには年に一度は祖父母を訪ねに行っていたが、少なくとも故郷と感じれる場所ではなかった。


 好きなものは竜田揚げ、ほうれん草のおひたし、筑前煮。

 ピザやホットドック、ハンバーガーなども好きではあるが、そこまでではない。


 性格は、今では疲れたOLのような性格をしているとは言うけれど、かなり明るい方であると自負している。

 もっとも、親が在日米軍であることや白人に多い遺伝的なそばかすのせいで彼氏はおろか友人はほとんど出来なかった。

 ーーーまぁ、前者の要因が一番であるが。


 なお、自身の名誉の為に言っておくと、そばかすといえどもそこまで酷いものではなく、はアニメなどに出てくる可愛いモブキャラみたいで良いと褒めてくれていた。

 ……ん? これは褒められているのか?


「アッシュフィールド中尉、本当に後部ハッチにまでドアガンを取り付けるんですか?」


 どこか感傷的になっていた私に尋ねるのは第三十二独立歩兵中隊、第一小隊隊長の井上少尉。

 それなりに実戦経験もあり、卒なく仕事をこなすことに定評がある将校である。


 ここはキネロ王国内に作られた統合軍の前哨基地、リーズ要塞のヘリポート。

 目の前には大型輸送ヘリ『チヌーク』のデッドコピー、零式輸送機が六機、規則正しく並んでいた。

 これから私達の部隊はこれらの機体に乗って上空で敵の第二波の警戒及び敵魔術師の掃討作戦を行う予定だ。


「ーーーええ、おそらく必要になるわ。 私の勘は当たるのよ。 今日ばかりは当たってほしくはなかったけどね」


「……はぁ、攻撃ヘリが使えないので火力を求めるのは分かりますが。 これでは機内に素早く機材や人員を運び込めなくなるのでは?」


「それを承知の上よ。 それが必要になるのは撤退時、今回に限って言えばそれはないでしょう。 まぁでも、最悪の一歩手前の事態になるのは明らかよ」


 ーーー撤退はあり得ない、というか無理なのだ。

 現在、この要塞には私達も含めて書類上の数では千二百人程の兵士達がいる。

 利用できる輸送機は零式輸送機六機、定員は約三百三十名。

 それこそ大航海時代の奴隷船のように詰め込めるだけ詰め込めばいけなくもないだろうが、その時間のかかる曲芸じみた行為を敵が待ってくれるはずもないだろう。


「なんだ、井上は知らないのか。 アッシュフィールド中尉の前髪が決まってない時は大抵悪いことが起こるのさ」


 そんな軽口を叩くのは同中隊の第四小隊を率いる田中少尉だ。

 今では彼もこの中隊で最も古株の私やシンタロウ、西部のとっつぁんに続く存在であり、古参の将校であると言えるだろう。


「そうね、今日は少しうねるみたい。 ……ってそれはアイツの事でしょ。 私はどちらかとというと後ろ髪を結んでるゴムが切れた時かしら」


 前髪のうねりをジンクスにしているのはシンタロウだ。

 まぁ、彼は悪い予感云々の前にそもそも天然パーマであるので湿気がある時は常にうねる、そうメデューサの如く。


 それをジンクスにされるのは隊員としてたまったものではないが、結局のところ彼は貧乏くじを引くのが多く、的中率は高かった。

 ーーーまったく、不幸に愛されるのも考えものよね。


「はぁ、皆さんそういうジンクスみたいなのがあるんですなぁ」


「まぁね。 ある意味ジンクスは人生を豊かにするものよ、井上少尉。 多少はハリウッド映画の主人公の気持ちが味わえるわ」


「はははっ! 確かに、私の場合は下の毛がーーー」


「猥談はここだけにしときなさい、田中。 最近、何かとうるさいから」


「田中さん……」


「がははっ! 了解です!」


「……はぁ、まぁ状況が状況なだけにね。 とりあえずは気楽に行きましょう」


 状況は既にシンタロウの副官のセラフィナから聞いている。

 現在、このリーズ要塞は敵の魔法攻撃にさらされており、被害も甚大だ。

 少なくとも私の周りに関して言えば、先の戦闘に参加した攻撃ヘリや汎用ヘリのパイロットは既に死亡。

 機体の整備小隊は無事ではあるけれども、それ以外の小隊は半数近くの被害を出しているという。


 士気も最悪、厭世観が基地内に漂っていた。

 ヘリの給油作業や武器弾薬の補充にあたる隊員達も足取りが重い。

 この要塞の全体の被害は未だに分からないが、おそらくまともに戦闘が出来る状態でないのは明らかだった。


 仮に私達の中隊がこの要塞の防衛を引き継ぐとしても、規模は大隊の半分以下。

 敵の規模にもよるが手に余るだろう。


 ーーーこの状況、どう立て直すのシンタロウ。

 私はぶん殴って解決、みたいないわゆる脳筋プレイは得意だけど、魔法という見えない敵と対峙するような頭脳プレイは苦手だ。

 もしこんな状況の指揮官となったら、というのはあまり考えたくはない。

 もっとも、ならば一発逆転の何かをやってくれそうな気がするが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る