忍び寄る悪夢 Ⅸ


「ふむ、吾妻大尉。 私は今回のこの騒動は敵の魔法攻撃だと思っている。 まぁ、准尉の命じた守護札タリスマンの使用が効果があったからな。 どのような対策を考えている?」


 そう質問するリンメルの表情はどこか曇っていた。

 無理もない、ここまでは俺達がやられっぱなしだった。


「リンメル大尉、当たりだ。 こちらの調査で既に敵による魔法攻撃、それも『呪術』による攻撃が行われた事が判明している。 だが、それ以上の事はまだわかっていないため、具体的なものは報告を待ってから、ということになるだろう。 一応ではあるが、我々の部隊を敵の第二波の警戒及び先の戦闘で捕らえた捕虜達の調査に向かわせている。 ベラスコ曹長から既に聞いているが、先の戦闘はかなり酷いものだったのだろう?」


 キネロ王国側による民間人を使った突撃。

 今回の件に何らかの影響があるのは確かだが、その意味を未だ見出せずにいる。

 彼らが何か知っているといいのだが……。


「……ええ、私も参加しましたが、なんと言いますか……」


 言い淀むサヴィーノ。

 無理もない、敵は兵士として一番来て欲しくない類の敵である。

 おそらく先の戦闘に参加した者はかなりの葛藤が自身の中にあったことは容易に窺い知ることができた。


「私は直接戦闘には参加していないが、医務室には通常よりも多くのカウンセリング希望者が来ていたとだけ言っておこう」


「別に気に病む必要はない。 皆、やるべきことをやっただけだ」


 指揮官として言えることはそれだけだった。

 こういうのは全て指揮官の責任であり、末端の兵士達には責任は無いのである。

 ーーーまぁ、それが建前に過ぎないのは分かっているが。



「まぁ、そうなるな」


「……ありがとうございます」


「余計な詮索はあまりしない事を約束しよう。 確認になるが最初に死んだのはラミロ少佐、次にルフィノ大尉で間違いないか?」


「おそらくは……。 ラミロ少佐もルフィノ大尉もこの司令室で奇行に及びましたから。 ただ、そこから先はせきをきったかのように他の将校達も続いて順番までは……」


「ふむ、セラフィナ少尉。 死んだ者の順番に意味はあると思うか?」


 俺は隣で控えていたセラフィナに尋ねる。

 このリーズ要塞に到着するまでの機内の中では部下に指示を出す手前、敵の『呪術』についての見解を詳しくは聞けていなかった。


「吾妻大尉の副官で魔術師でもあるセラフィナ・マドリガル少尉です。 どうでしょうか……。 偶然という事もありますし、特に『呪術』の場合は先天的な魔法抵抗力や精神状態も影響しますので常に術をかけた順番に効果が出るとは言えないですね」


「そうか。 じゃあ准尉、先の戦闘で何か気づいたことはなかったか? 状況的に考えて先の戦闘が『呪術』の原因である可能性が高い」


「気づいたこと……ですか。 そうですね、相手の姿がいつもと違ったってことが一番大きかったですね。 ……ほぼ民間人のようなものでしたから」


「……むう、それだけではどうも判断しかねるな。 リンメル大尉はどうだ?」


「こちらも順当なことしか言えないな。 戦闘後は隊員達のカウンセリング希望が多かった。 あと、これは捕虜についてなのだが、その多くが非常に栄養状態が悪く、ほとんどが衰弱した状態だった」


「ふむ……キネロ王国側の口減らしってことも捨てきれないな。 まぁ、どちらにせよ、捕虜達を尋問してみないと分からないか。 准尉、既に捕虜達への尋問はしたか?」


「……いえ、捕虜を取ってからすぐに今回の事件が起こりましたので、誰も行ってないかと思います」


「捕虜達へのセキュリティチェックは?」


「……おそらく、それぐらいはしているはずですが……」


「流石に詳しくは分からないか。 なら西部中尉の報告待ちか。 ーーーいや、こちらから出向くとしよう。 セラフィナ少尉、確認ではあるが、『呪術』に必要なのは術者と媒介物。 その二つの内どちらかを破壊すれば敵の『呪術』は無効となる。 違うか?」


 もし俺の感が正しければ、敵の捕虜とのは苛烈なものになる可能性がある。

 いくら有能な西部中尉であっても手に余るかもしれなかった。


「ーーー違いません。 『呪術』に関しては吾妻大尉の言った通りです。 術者に関してはおそらく半径五キロ圏内、いや、これだけの被害を出している以上、『呪術』の成功確率を上げるために要塞内……又は周辺に肉薄しているはずです」


「……だとすると捕虜の中に敵の魔術師がいる可能性が高いですね」


 そう怯えながら呟くのはサヴィーノ。

 無理もない、要塞内に敵が既に侵入しているとしたら自分がいつ襲われてもおかしくはなかった。

 その恐怖たるや新任将校にとっては耐えがたいものであるのは確かだろう。


「はい。 それに媒介物に関しても正直探索が難航しそうです。 相手の血液や髪の毛など魔術的に個人を特定できるものであれば媒介物となり得ますから」


「術者に関しては私は何も言えないが、その媒介物とやらはいわゆるDNA的に個人を特定できるものと一緒なのか?」


 リンメルがセラフィナに尋ねる。

 確かに医者であれば気になる論点であろう。

 そして俺は彼を少し疑っていた。

 医者という立場、そして統合軍内でも色々と問題を起こしている元在日米軍。

 どのような方法を取ったかは分からないが、彼が内通者である可能性は否定出来なかった。

 ーーー杞憂であればよいが。


「……そうですね。 ほぼ被っていますが、単にDNAが解るというよりも、どちらかと言うとその人の因果が分かると言ったほうがいいでしょう」


「因果?」


「はい、仮にDNAが付着していなくても、例えば相手がその物に触れたとかそれを移動した、使用したなどの物の状態に影響を与えたのであれば、その物が『呪術』の媒介物となり得ます」


「……それはかなりの脅威だな。 要するに相手が触った物さえあれば人を呪い殺せるんだろう?」


「んーそうですね、厳密に言えばそれはノーです。 出来なくもないんですが、成功率は大幅に下がります。 『呪術』は相手に及ぼす効果の大きさに比例して媒介物もそれなりに相手との因果性があるものでなければ成功率は上がりません。 要するに儀式魔術などでよく使われる生贄のようなものですね、望む結果と同じだけの生贄をささげる……それこそ人を死に至らしめるには……あっ!」


 ラミロ少佐を始めとした要塞内の隊員達の死。

 異様に成功率の高く、その対象者の数も膨大な敵の呪術。

 そしてキネロ王国による民間人を使った無謀な突撃。

 ーーーすべて今ので繋がった。



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