忍び寄る悪夢 Ⅶ
『こちらジルド、聞こえます大尉』
イヤホンから流れてくるのは現在、『呪術』対策チームを率いているジルド少尉の声だった。
「状況はどうなっている?」
『現在、対策チームを率いてヘリポート周辺で探索魔法を使用中』
「結果は?」
『クロです。 魔術反応あり。 カテゴリーとしては大尉が踏んだ通り『呪術』です。 精度を高めるためこの後、魔術デバイスによる解析、ドローンによる周辺調査を実施する予定です』
これで敵の魔法が『呪術』である確証を得た。
後はその魔法の行使に必要な媒介物と術者を特定するだけである。
「どれくらいで終わる?」
『十分、いや十五分ほどかかるかと』
「了解だ。 十分で終わらせろ」
こんな状況で不謹慎かも知れないが、一度は言ってみたかった台詞であった。
『……了解』
「ジルド、他に人員を割けそうか?」
敵の魔術師が捕虜に紛れ込んでいる可能性がある以上、こちらも出来れば魔術師を向かわせたかった。
ジルドの対策チームには俺の率いる中隊の魔術師資格者のほとんどを割り振っていた。
『……今でしたら正直、厳しいかと。 調査が終わり次第でしたら可能かと思われますが……』
ーーーやはり厳しいか。
そもそもこの仕事は中隊規模ではかなりキツイ。
一個中隊であれば、配属されている魔術師資格保持者の数が五、六人いればいい方であった。
人類側諸王国だけでなく、統合軍の中でも魔術を使える者は貴重だった。
「了解だ。 先ずは調査に専念だ。 結果が分かり次第すぐに連絡しろ」
『了解』
「こちら吾妻、
次に中隊幕僚である西部中尉を呼び出す。
手元のセラフィナを除いて自由に動かせる唯一の将校だった。
『はいはい聞こえますよー』
「先の戦闘で捕らえた捕虜がいる事が分かった。 部隊の再建はチェス軍曹に任せ、大隊の生き残りの魔術師を何人か捕まえたら本部小隊を率いて南ブロックの運動場へ向かえ。 なお捕虜の中に敵魔術師が紛れ込んでいる可能性もあるので抜かりなくな」
西部中尉とチェス軍曹には、中隊本部小隊とジルド少尉が本来率いていた第三小隊の一部を率いて、要塞内部の部隊の再建を命じてあったのだが予定を修正する。
捕虜がいると分かった以上、その中に今回の騒動の中心人物がいる可能性は否定できない。
一応捕虜には規則で肉体的だけでなく、魔術的にもボディチェックはやっているはずなのだが、先の戦闘後、大して時間も経過していないのにこの混乱だ。
もしかしたらそのチェックが不十分だったり漏れがある可能性は否定出来なかった。
『うへぇ、対魔術師戦闘かぁ、おじさんにはキツイなぁ。 ……でも大隊の魔術師見つかんなかったらどうするよ?』
「最悪の場合はセラフィナ少尉を送る」
西部中尉に無理難題を押し付けているのは分かっている。
しかし、副官のセラフィナは魔術師として予備兵力だ。
既に魔法攻撃にさらされてる以上、即応できる魔術師を一人は手元に置いておきたかった。
『セラちゃんね。 ……はぁ、渋々だけど、りょーかい。 状況が分かり次第また連絡するねー』
「……あぁ、頼む。 こちら吾妻、聞こえるかアッシュフィールド中尉」
次は今回の作戦の肝となる我が中隊の副隊長だ。
短時間で一個小隊の半数が自殺するということは、大隊規模で考えれば最悪、ほぼ壊滅に近いダメージを受けている可能性がある。
少なくとも継戦能力はないに等しいだろう。
これが意味するところは大隊規模が防衛する拠点を実質的に我らが中隊で防衛しなければならないということだ。
それに魔法攻撃という厄介な問題を抱えており人員不足は否めなかった。
『こちらアッシュフィールド、聞こえます大尉』
「残念ながら予定通りだ。 ヘリの給油が済み次第、井上少尉の第一小隊と田中少尉の第四小隊を率いて要塞周辺の警戒、足止め及び対魔術師センサーを利用した周辺村落の敵魔術師の索敵、殲滅を頼む」
幾度となくリーズ要塞を攻撃している敵は単に魔法攻撃をして終わりということはないだろう。
要塞内で敵が弱ったところを叩く、兵法の常識だ。
そのため、要塞周囲に展開している敵部隊がいる可能性が高いのだ。
敵の規模にもよるが、二個小隊規模でどこまで足止めできるか……。
それに同時並行で周辺村落に潜んでいる可能性のある『呪術』の術者を始末する必要があった。
距離が離れれば『呪術』の成功確率は低くなるものの、五キロ近く離れた周辺村落に潜伏していないとは言えなかった。
叩く敵の順番としては『呪術』の術者である敵魔術師が最優先。
『了解』
「マリアーノ少尉、そちらも予定通りだ。 行動に移れ」
第二小隊を率いるマリアーノ少尉には要塞内の最重要拠点であるヘリポートの死守を命じてある。
ヘリポートが落ちればヘリなどの空中機動部隊の補給が出来ず大幅に火力を喪失することになりかねないし、撤退時にも利用が出来なくなる。
リーズ要塞はキネロ王国内に作られた基地であるため、隣接する基地、北方戦線司令部のあるレノーまでは約二百キロほどあり、ヘリでの移動が基本だった。
一応、車両も使えるものの、敵に包囲されてしまえば突破は難しい。
これ以上、味方の屍が積み重なるのは出来る限り回避したかった。
『こちらマリアーノ、了解』
一通り各部隊への通達が終わり、咽頭マイクをオフにしたその時。
どこか不安げな表情で俺の袖を掴むセラフィナ。
「……大尉、私もジルド少尉の応援に行ったほうがいいのでは?」
「なんだ、ジルドでは不安か?」
「いえ、『呪術』調査の方が早く終われば捕虜の調査に人員を避けるかと思いまして」
「能力に問題が無いのならジルドに任せるべきだ。 現状、何が起こるか分からない状況だ。 イレギュラーに即応するためにも一人は魔術師を側に置いておきたい」
「……了解です」
その言葉と本心が違うことは彼女の顔を見れば明らかだった。
「……気持ちは分かる。 ジルドはあれでも優秀な魔術師であり、指揮官だ。 心配する必要はないだろう」
彼女、セラフィナと対策チームを率いるジルド・マドリガル少尉は特別な関係にある。
自分で彼を推薦したものの不安は尽きない、というのも無理はない。
彼女は彼の成功を祈ると同時に無事も祈っているのだ。
戦時下の軍隊にとってその二つは相反する場合もある。
ーーーまったくもって嫌な時代だ。
「……はい」
「着きましたこちらが司令室です」
不安げな表情のセラフィナを他所にベラスコは要塞内でも一番大きな三階建ての建物へ案内した。
プレハブ工法で建てられたその建物の二階が司令室であり、その部屋のドアノブに手をかける彼の表情はまるで血の気が引いたようだった。
部下の二人も何故かドアから目を逸らしている。
ーーーなんだか嫌な予感がする。
そこで待ち受けていたのはーーー
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